爺さんの戒め

376 名前: 360 04/02/03 22:37
>>361 
私が小さい頃の話です。 

ある晴れた日。 
じいさまは私を連れて、裏山へ山菜取りに行きました。 
鋪装された道が終わり、もう少し奥へ入ったところに、ひょろっとした杉の木が道の脇に生えています。 
じいさまは、その杉の木の根元に、コップに入った酒を置きました。 
その杉の木も、ちょうどいい具合に根元がコップが置けるよう窪んでいました。 
そして、酒を置いて、じいさまは私にこう言いました。 
「山では喋ってはいけない。喋るとバケモノがきて、お前を喰ってしまうぞ」 
じいさまが恐い顔で言うので、私は言う事を聞いて、黙々と山菜取りをしていました。 
しかし子供のこと、時間が経つにつれ、山菜とりに飽きてきた私は、小川のようなところでイモリを見つけました。 
そして、すっかり戒めのことを忘れていたのです。 
「じいちゃん。こんなところにイモリがいる」 
私がそう言った瞬間、 
まるで、時間が止まったかのようでした。 
辺に音が全く無くなってしまったのです。 
風の音、鳥の声、何も聞こえません。 
私は訳も分からず、立ちつくしていました。 
一拍おいて、何が起こったのか察したじいさまは、物凄い勢いで私を小脇に抱えると、ふもとを目指して走り出しました。 
走り出して間もなく音が戻ってきました。 
戻ってきたと言うよりも、追ってきた、と言ったほうが正しいかも知れません。 
ザワザワザワザワザワザワ。 

薮を渡る風の音を何十倍にも大きくしたような音でした。 
それが、どんどん近付いてくるのです。 
音の正体が知りたかった私は、じいさまの腕にしがみつき、無理矢理首をねじって後ろを振り返りました。 
最初、道が消えているように見えました。 
薮が押し寄せてきている? 
違うのです。 
薮のように見える、「なにか大きなけむくじゃらのもの」が、押し寄せているのです。 
私は無闇に恐くなり泣き出してしまいました。 
じいさまは何も言わず走り続けます。 
ザワザワザワザワザワザワ。 
私達が、その何ものかに追い付かれようという時、 
急に視界が開け、青空が見えました。 
私の記憶は、そこで終わっています。 

気がつくと私は家にいました。 
じいさまもいましたが、私はなんとなくその事を口にしてはいけないような気がして、二十数年経ってしまいました。 
しかし、「ヨウコウ」と違い、うちのじいさまは、それから間もなく死ぬなどということもなく、
そんな事があったにも拘らず、また、山へ入り山菜取りをしていました(勿論、コップ酒を持って)。 
この日を境に、何故か私は「毛虫」が異常に嫌いになり、山へ入る事をしなくなりました。 

長文、乱文すいません。 

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