箪笥

656 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ :03/06/20 03:08
オチのない、自分の中で微妙さの残る話を一つ。 

小学校に入る前、まだ一人っ子だった頃の話。 
夜寝る座敷は、お袋の嫁入り道具を置いてたのでわりと手狭。 
布団を引くとぴっちりで、頭の方は窓の障子、足のほうは箪笥にくっ付いてちょいと折れるかどうか。 
でかくて重い箪笥×3だったので、腰の弱い親父では模様替えがツラい所為もあって、そんな寝方。 
私のポジションはいつも親父の布団の方。腕枕してもらってました。今でも普通の枕が嫌いなもので。 
夜中にうっすら目が醒める。しばらくうつらうつらしてまた眠る。昔から変わってません。 

その夜も。 

眠りから、ふぅっと夜の中に戻ってくる。でも夜は怖いから、目は瞑ったまま。いつものこと。 

ずるり、と。 
体が布団の中に潜り込んだ。と言うよりも引きずられた、布団の足の方に。 
かちゃん。かかとが硬くて冷たいものに触れて、止まった。 
箪笥の取っ手だ、これ。箪笥に足がついてる。 
冬用のかけ布団。中の空気がむっとする。 
小学校に上がる前。子供の背丈。頭からすっぽり。 

なに? これなに? なに起きた? 
ただただもう驚いて、怖さよりも先に驚いて、しばらく布団の中で呆然としてました。 

親父は寝ている。今日も鼾がうるさい。 
少ししてもぞもぞと上のほうに這い戻って、それからようやく何故そうなったかを理解する。 

あの手が。 

手に引っ張られた。 
細くて華奢な手。女の人の手? 
お母さんだったのかな? 
でも寝てる。 

後から思い出す度にその可能性を疑うが、夜中に、寝ている息子の足を、布団の下まで思いっきり引っぱり下ろすものだろうか? 
お袋は洒落のわからない人じゃないが、それにしたって。 
第一それには問題がある。体勢に無理がある、あの部屋では。 
狭い座敷。お袋だってすぐ横の布団に寝ていた。大人だから、足に箪笥が触れそうなあの部屋で。 
あの状況でそれをするならば。 
箪笥に背中を向けてぴったり張り付き、体を屈めて布団の下の方から手を突っ込んで・・・。 
いや。やはり考え辛い。 
出来ないこともないだろう。しかし相当キツいだろうに。 

左手だけでは。 
あの冷たい手は、片方だけだった。 

あの手はやはり箪笥の中から、あるいは「そっちの方から」来たように思える。 
冷たかった。怖さはないけれど、冷たかった。 

お袋にその話をしてみても、憶えが無いと言う。 
思いつきの、真夜中の悪戯の可能性も消えはしないが。 
「普通の説明」は付くのだろうとは思う。まるごと夢とか。 

それでも、幼い記憶はあれを「不思議」として焼き付けてしまっているのだろう。 
だからそういうものに、耳にするエピソードに、違和感は感じない。 

ただ知りたいのは一つ。 
もしも箪笥の取っ手が無かったら。あれが「かちゃん」と音を立てなかったら。 
あの手はどこまで引っ張ろうとしていたのだろう、と。 
それだけが、気になっているのです。 

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