真夜中の訪問者 - 安曇潤平
これも山の話しなんですけど、山仲間に木村という男がいます。 そいつはどちらかというと物静かな人のあまり行かないような山に行って、のんびりするのが好きなやつなんですね。 だからあまり高い山だとか、厳しい山だとか、あるいは縦走するだとか、そういう目的じゃなくて、静かになりたいっていって山にいくやつなんです。 その木村って男が、登山道はあるんだけれどそんなにメジャーじゃないって地方の山に、テントを持って一人で行ったんです。 ルートファインディングっていう登山道を歩かないで、自分で地図と磁石をもって頂上までつきつめていく方法で山を登ろうと。 まあ上級者の登り方ですね…それをしにいったんです。 もうそろそろ日が暮れるかなといったところで、ちょうどテントをはるような結構広い空き地があって、 ここは静かそうだし目の前には連なる山脈も見えるし、ロケーションがいいなってことで、そこにテントを張ったんですよ。 そこはとても静かなんですね。 ちょうど秋口で笹なんかがサワサワと鳴っていて、いい季節なんです。 そこで簡単な食事を作って、担ぎあげてきたお酒を飲んで、のんびりしたわけです。 夜になって暗くなったら何も見えない場所ですから、あとは寝るだけ。 それで横になると、とても気持ちがいいんですよ。 風がサワサワ聞こえるし、虫の音なんかも聞こえている。 気持いいなあ…でももう少しこの音を聞いていたいなあって思っていたら、 ピタッと急に虫の鳴き声がやんだんです。それで風もやんだんですね。 (なんだろう?)静かになったな…と思っていると、遠くでカタっと音が聞こえたらしいんです。 今の音はなんだろう? イノシシやなにかの動物かと思っていると、またカタっと音が聞こえた。 それでその音が変に人工的なものだと気がついたんです。 そしてその音が、カタッ…カタッ…カタッ…カタッ…と、どんどん自分のテントに近づいてくるんです。 その音がどうにも自然な音じゃなくて、何かを叩いているような音に聞こえる。 それがカタッ…カタッ…カタッ…カタッ…といいながら近づいてきて、自分のテントの前まできて止まったんです。 (うああ…なんだろう…) そしたらその音が自分のテントの周りを、カタッ…カタッ…カタッ…カタッ…と周るんです。 (なんだろう…気持ち悪いな)と思っていたら、 その音がカタッ…カタッ…カタッ…カタッ…と段々と早くなりながら、三回まわってピタッと止まったんです。 (なんだろう…。このまま音がしなくなればいいな…) でもまだ虫の音や風の音はなにも聞こえない。 しばらくして(もう大丈夫かな)と思った瞬間、キャハハハハハというような小さい子供の声が聞こえたんです。 それでそれっきり何も声が聞こえなくなって、しばらくしたらまた虫の声が鳴き始めて、それで風が吹き始めた。 (今のはなんだったんだ…すごい体験してしまった…) それで怖くなってしまったから、次の日に遮二無二山を降りていったんです。 それでテントをたたんで降りていく時に、変に草むらのほうに入ってしまったんです。 藪をかきわけながら降りていったんですけど、何かにつまづいて向こう脛を思いっきりぶつけてしまった。 (痛い…なんだろう?) そのつまづいたものを見たら、そこには赤ん坊の手押し車があったそうです。 手押し車ってありますよね?歩くとカタカタカタ鳴るやつ。 その手押し車が横にゴロンと倒れていて、手押しの棒のところに、赤ちゃんの手のひらの跡がついているんです。 (なんでこんなものがこんなところに…)とまた怖くなって、慌てて降りていったんです。 あとでよく調べてみると、そのテントを張った空き地の場所っていうのは、 儀式なんかをする斎場の跡なんですね。 だから手押し車の意味はわからないけれど、とにかく木村は張っちゃいけない場所にテントをはってしまったんでしょうね。






