夢の鍵を求めて - 師匠シリーズ

967 :1/5:2006/01/21(土) 11:43:38 ID:9bX5hJte0

大学2回生の夏休み。 
オカルトマニアの先輩に「面白いものがあるから、おいで」と言われた。 
師匠と仰ぐその人物にそんなことを言われたら行かざるを得ない。
ノコノコと家に向かった。 
師匠の下宿はぼろいアパートの一階で、あいかわらず鍵をかけていないドアをノックして入ると、 
畳の上に座り込んでなにかをこねくり回している。 
トイレットペーパーくらいの大きさの円筒形。金属製の箱のようだ。表面に錆が浮いている。 
「その箱が面白いんですか」と聞くと、 
「開けたら死ぬらしい」
この人はいっぺん死なないとわからないと思った。 
「開けるんですか」 
「開けたい。けど開かない」 
見ると箱からは小さなボタンのようなでっぱりが全面に出ていて、円筒の上部には鍵穴のようなものもある。
「ボタンを正しい順序で押し込まないとダメらしい」 
師匠はそう言って、夢中で箱と格闘していた。 

「開けたら、どうして死ぬんですか」 
「さあ」 
「どこで手に入れたんですか」 
「××市の骨董品屋」 
「開けたいんですか」 
「開けたい。けど開かない」 
死ぬトコ見てみてェ。
俺はパズルの類は好きなので、やってみたかったが我慢した。 
「ボタンは50個ある。
 何個連続で正しく押さないといけないのかわからないけど、音聞いてる限り、だいぶ正解に近づいてる気がする」
「その鍵穴はなんですか」 
「そこなんだよ」 
師匠はため息をついた。 
2重のロックになっていて、最終的には鍵がないと開かないらしい。 
「ないんですか」 
「いや。セットで手に入れたよ。でも落とした」と悲しそうに言う。 
「どこに」と聞くと、「部屋」。
探せばいいでしょ。こんなクソ狭い部屋。 
師匠は首を振った。 

「拾っちゃったんだよ」 
「ハァ?」
意味がわからない。 
「だから、ポケットに入れてたのを部屋のどっかに落としてさ。まあいいや、明日探そ、と寝たわけ。
 その夜、夢の中で玄関に落ちてるのを見つけてさ、拾ったの」 
バカかこの人は。
「それで目が覚めて、正夢かもと思うわけ。で、玄関を探したけどない。
 あれー?と思って、部屋中探したけど出てこない。
 困ってたら、その日の晩、夢見てたら出てきたのよ。ポケットの中から」 
ちょっとゾクっとした。なんだか方向性が怪しくなってきた。 
「その次の朝、目が覚めてからポケットを探っても、もちろん鍵なんか入ってない。そこで思った。 
 『夢の中で拾ってしまうんじゃなかった』」
やっぱこぇぇよこの人。
「それからその鍵が、僕の夢の中から出てきてくれない。いつも夢のポケットの中に入ってる。
 夢の中で鍵を机の引き出しにしまっておいて、目が覚めてから机の引き出しを開けてみたこともあるんだけど、
 やっぱり入ってない。
 どうしようもなくて、ちょっと困ってる」
信じられない話をしている。
落とした鍵を夢の中で拾ってしまったから現実から鍵が消滅して、夢の中にしか存在しなくなったというのか。 
そして、夢の中から現実へ鍵を戻す方法を模索してると言うのだ。 

どう考えてもキチ○ガイっぽい話だが、師匠が言うとあながちそう思えないから怖い。 
「あー!また失敗」と言って、師匠は箱を床に置いた。 
いい感じだった音がもとに戻ったらしい。 
「ボタンのパズルを解いても、鍵がないと開かないんでしょ」と突っ込むと、師匠は気味悪く笑った。 
「ところが、わざわざ今日呼んだのは、開ける気満々だからだよ」 
なにやら悪寒がして、俺は少し後ずさった。
「どうしても鍵が夢から出てこないなら、思ったんだよ。夢の中でコレ、開けちまえって」 
なに?なに?
なにを言ってるのこの人。 
「でさ、あとはパズルさえ解ければ開くわけよ」 
ちょっと、ちょっと待って。 
青ざめる俺をよそに、師匠はジーパンのポケットを探り始めた。 
そして・・・
「この鍵があれば」 
その手には錆ついた灰色の鍵が握られていた。 

その瞬間、硬質な金属が砕けるような物凄い音がした。 
床抜け、世界が暗転して、ワケがわからなくなった。 

誰かに肩を揺すられて光が戻った。 
師匠だった。
「冗談、冗談」 
俺はまだ頭がボーッとしていた。 
師匠の手にはまだ鍵が握られている。 
「今ので気を失うなんて・・・」と俺の脇を抱えて起こし、「さすがだ」と言った。やたら嬉しそうだ。 
「さっきの鍵の意味が一瞬でわかったんだから、凄いよ。
 もっと暗示に掛かりやすい人なら、僕の目の前で消滅してくれたかも知れない」 

・・・俺はなにも言えなかった。
鍵を夢で拾った云々はウソだったらしい。 
その日は俺をからかっただけで、結局師匠は箱のパズルを解けなかった。 
その箱がどうなったか、その後は知らない。

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