降霊実験 - 師匠シリーズ

27 :降霊実験  1/9:03/05/10 00:13
大学一年目のGWごろから、僕はあるネット上のフォーラムによく顔を出していた。 
地元のオカルト好きが集まる所で、深夜でも常に人がいて結構盛況だった。 
梅雨も半ばというころに、そこで『降霊実験』をしようという話が持ち上がった。 
常連の人たちはもう何度かやっているそうで、オフでの交流もあるらしかった。 
オカルトにはまりつつあった僕はなんとか仲間に入りたくて、
『入れて入れて。いつでもフリー。超ひま』とアピールしまくってokがでた。 
中心になっていたkokoさんという女性が、彼女曰く霊媒体質なのだそうで、
彼女が仲間を集めて降霊オフをよくやっていたそうである。 

日にちが決まったが都合がつく人が少なくて、koko、みかっち、京介、僕というメンバーになった。 
人数は少ないが3人とも常連だったので、
「いいっしょー?」 
もちろん異存はなかったが、僕は新入りのくせにある人を連れて行きたくてうずうずしていた。 
それは僕のサークルの先輩で、僕のオカルト道の師匠であり、霊媒体質でこそないが、いわゆる『見える』人だった。
この人の凄さに心酔しつつあった僕は、オフのメンバーに自慢したかったのだ。 
しかし、師匠に行こうと口説いても、頑として首を縦に振らない。 
「めんどくさい」「ばかばかしい」「子守りなんぞできん」
僕はなんとか説得しようと詳しい説明をしていたら、kokoさんの名前を出した所で師匠の態度が変わった。

「やめとけ」と言うのである。
「なぜですか」と驚くと、「怖い目にあうぞ」。
口振りからすると知っている人のようだったが、こっちは怖い目にあいたくて参加するのである。 
「まあ、とにかく俺は行かん。何が起きてもしらんが、行きたきゃ行け」
師匠はそれ以上なにも教えてくれなかったが、師匠のお墨付きという思わぬ所からのオフの楽しみが出てきた。

当日、市内のファミレスで待ち合わせをした。 
そこで夕食を食べながらオカルト談義に花を咲かせ、
いい時間になったら会場であるkokoさんのマンションに移動という段取りだった。 
kokoさんは綺麗な人だったが、抑揚のないしゃべり方といい、気味の悪い印象をうけた。 
みかっちさんはよく喋る女性で、kokoさんは時々それに相槌をこっくり打つという感じだ。 
驚いたことに、2人とも僕の大学の先輩だった。 
「キョースケはバイトあるから、あとで直接ウチにくるよ」とkokoさんが言った。 
僕はなんとなく、恋人どうしなのかなあと思った。 

そして夜の11時を回るころ、みかっちさんの車で3人でマンションに向かった。 

京介さんからさらに遅れるという連絡が入り、もう始めようということになった。 
僕は俄然ドキドキしはじめた。
kokoさんはマンションの一室を完全に目張りし、一切の光が入らないようにしていた。 
こっくりさんなら何度もやったけれど、こんな本格的なものははじめてだ。 
交霊実験ともいうが、降霊実験とはつまり、霊を人体に降ろすのである。 
真っ暗な部屋にはいるとポッと蝋燭の火が灯った。 
「では始めます」
kokoさんの表情から一切の感情らしきものが消えた。 

「今日は初めての人がいるので説明しておきますが、
 これから何が起こっても決して騒がず、心を平静に保ってください。
 心の乱れは、必ず良くない結果を招きます」
kokoさんは淡々と喋った。みかっちさんも押し黙っている。 
僕は内心の不安を隠そうと、こっくりさんのノリで「窓は開けなくてもいいんですか?」と言ってみた。 
kokoさんは能面のような顔で僕を睨むと囁いた。
「窓は霊体にとって結界ではありません。通りぬけることを妨げることはないのです。 
 しかし、これから行なうことは私の体を檻にすること。
 うまく閉じこめられればいいのですが、万が一・・・」 
そこで口をつぐんだ。僕はやりかえされたわけだ。 
逃げ出したくなるくらい心臓が鳴り出した。しかしもう後戻りはできない。 
降霊実験が始まった。

僕は言われるままに目を閉じた。
蝋燭の火が赤くぼんやりと瞼に映っている。 
どこからともなくkokoさんの声が聞こえる。 
「・・・ここはあなたの部屋です。見覚えのある天井。窓の外の景色。 
 ・・・さあ起き上がってみてください。伸びをして、立つ。 
 ・・・すると視界が高くなりました。あたりを見まわします。 
 ・・・扉が目に入りました。あなたは部屋の外に出ようとしています」 
これはあれではないだろうか。
目をつぶって頭の中で自分の家を巡るという。そして、その途中でもしも・・・という心理ゲームだ。 
始める直前にkokoさんが言った言葉が頭をかすめた。 
『普通は霊媒に降りた後、残りの人が質問をするという形式です。 
 しかし私のやりかたでは、あなた方にも“直接”会ってもらいます』 
僕は事態を飲みこめた。恐怖心は最高潮だったが、こんな機会はめったにない。 
鎮まれ心臓。鎮まれ心臓。
僕はイメージの中へ没頭していった。

「く」と言う変な声がして、kokoさんが体を震わせる気配があった。 
「手を繋いでください。輪に」 
目を閉じたまま手探りで僕らは手を繋いだ。 
フッという音とともに蝋燭の火照りが瞼から消え、完全な暗闇が降りてきた。 
かすかな声がする。 
「・・・あなたは部屋を出ます。廊下でしょうか。キッチンでしょうか。 
 いつもと変わりない、見なれた光景です。あなたは十分見まわしたあと、次の扉を探します・・・」 
僕はイメージのなかで、下宿ではなく実家の自室にいた。すべてがリアルに思い描ける。 
廊下を進み、両親の寝室を開けた。
窓から光が射し込んでいる。畳に照り返して僕は目を細める。 
僕は階段を降り始めた。キシキシ軋む音。手すりの感触。 
すぐ左手に襖がある。客間だ。いつも雨戸を降ろし昼間でも暗い。
僕は子供の頃ここが苦手だった。
かすかな声がする。 
「・・・あなたは歩きながら探します。 
 ・・・いつもと違うところはないか。 
 ・・・いつもと違うところはないか」 
いつもと違うところはないか。僕は客間の電気をつけた。 
真ん中の畳の上に、切り取られた手首がおちていた。 

僕は息を飲んだ。 
人間の右手首。切り口から血が滴って、畳を黒く染めていた。 
この部屋にいてはいけない。 
僕は踵を返して部屋を飛び出した。 
廊下を突っ切り1階の居間に飛びこんだ。 
ダイニングのテーブルの上に足首がころがっていた。 
僕はあとずさる。
まずい。失敗だ。この霊はやばい。 
もう限界だ。僕は目を明けようとした。 
開かなかった。僕は叫んだ。
「出してくれ!」
だがその声は、誰もいない居間に響くだけだった。 
僕は走った。家の勝手口に僕の靴があった。  
履く余裕もなくドアをひねる。だが押そうが引こうが開かない。 
「出してくれ!」
ドアを両手で激しく叩いた。 
どこからともなくかすかな声がする。 
しかしそれはもう聞き取れない。 
僕は玄関の方へ走った。途中で何かにつまずいて転んだ。 
痛い。痛い。本当に痛い。 
つまづいたものをよく見ると、両手足のない人間の胴体だった。 

玄関の扉の郵便受けがカタンと開いた。 
何かが隙間から出てこようとしていた。 
僕はここで死ぬ。そんな予感がした。 
そのときチャイムの音が鳴った。 
ピンポンピンポンピンポンピンポン 
続いてガチャっという音とともに、明るい声が聞こえた。 
「おーっす!やってるか~」 
気がつくと僕は目を開いていた。 
暗闇だ。だが、間違いなくここはkokoさんのマンションだ。 
「おおい。ここか」 
部屋のドアが開き、蛍光灯の眩しい光が射し込んできた。 
kokoさんとみかっちさんの顔も見えた。 
「おっと邪魔したか~?スマン、スマン」 
助かった。安堵感で手が震えた。 
光を背に扉の向こうにいる人が女神に見えた。 
その時kokoさんが「邪魔したわ」と小さく呟いたのが聞こえた。 
僕は慌ててkokoさんから手を離した。 
僕は全身に嫌な汗をかいていた。 

僕は後日、師匠の家で事の顛末を大いに語った。 
しかし、この恐ろしい話を師匠はくすくす笑うのだ。 
「そいつは見事にひっかかったな」 
「なにがですか」
僕はふくれた。 
「それは催眠術さ」 
「は?」 
「その心理ゲームは、本来そんな風に喋りつづけてイメージを誘導することはない。
 いつもと違うところはないか。なんてな」 
僕は納得がいかなかった。しかし師匠は断言するのだ。 
「タネをあかすと、俺が頼んだんだ。お前が最近調子に乗ってるんでな。ちょっと脅かしてやれって」 
「やっぱり知りあいだったんですか」 
僕はゲンナリして、臍のあたりから力が抜けた。 
「しかしハンドルネーム『京介』で女の人だったとは。僕はてっきりkokoさんの彼氏かと思いましたよ」 
このつぶやきにも師匠は笑い出した。
「そりゃそうだ。kokoは俺の彼女だからな」 

翌日サークルBOXに顔を出すと、師匠とkokoさんがいた。 
「このあいだはごめんね。やりすぎた」
頭を下げるkokoさんの横で師匠はニヤニヤしていた。 
「こいつ幽霊だからな。同じサークルでも初対面だったわけだ」 
kokoさんは昼の陽の下に出てきても青白い顔をしていた。 
「ま、お前も、霊媒だの下らんこと言って人をだますなよ。 
 俺が催眠術の触りを教えたのは、そんなことのためじゃない」 
kokoさんはへいへいと横柄に返事をして、僕に向き直った。 
「茅野、歩く、と言います。よろしくね、後輩」
それ以来、僕はこの人が苦手になった。

その後で師匠はこんなことを言った。 
「しかし、手首だの胴体だのを見たってのはおかしいな。 
 いつもと違うところはないかと言われて、お前はそれを見たわけだ。 
 お前の中の幽霊のイメージはそれか?」
もちろんそんなことはない。
「なら、いずれそれを見るかもな」 
「どういうことですか」 
「ま、おいおい分るさ」 
師匠は意味深に笑った。

前の話へ

次の話へ