愛してる
美和さん 2008/07/22 23:27「怖い話投稿：ホラーテラー」
「おい、まだかよ？」
俺は女房の背中に向かって言った。どうして女という奴は支度に時間が掛かるのだろう。
「もうすぐ済むわ。そんなに急ぐことないでしょ。…ほら翔ちゃんバタバタしないの！」
確かに女房の言う通りだが、せっかちは俺の性分だから仕方ない。
今年もあとわずか。世間は慌しさに包まれていた。
俺は背広のポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
「いきなりで義父さんと義母さんビックリしないかしら？」
「なぁに、孫の顔を見た途端ニコニコ顔になるさ」
俺は傍らで横になってる息子を見て言った。
「お待たせ。いいわよ。…あら？」
「ん、どうした？」
「あなた、ここ、ここ」
女房が俺の首元を指差すので、触ってみた。
「あっ、忘れてた」
「あなたったらせっかちな上そそっかしいんだから。こっち向いて」
「あなた…愛してるわ」
女房は俺の首周りを整えながら、独り言のように言った。
「何だよ、いきなり」
「いいじゃない、夫婦なんだから」
女房は下を向いたままだったが、照れているようだ。
「そうか…、俺も愛してるよ」
こんなにはっきり言ったのは何年ぶりだろう。
少し気恥ずかしかったが、気分は悪くない。俺は、女房の手を握った。
「じゃ、いくか」「ええ」
俺は、足下の台を蹴った。
