若幸丸

 
20 :1/2 :2006/09/05(火) 11:48:10 ID:jgkMJ+T90
去年のお盆の話。母方の祖父母の家は三重県の海沿いにある。 
祖父は漁師で、彼の漁船で海水浴に連れていってもらうのが 
自分を含めた親戚一同の楽しみだ。
去年の祖父の船はエンジンの調子が悪かった。海上で何度も 
エンストし、そのたびに祖父自身が直していた。

ある日の海水浴の帰りにまたエンストした。今度ばかりは 
修理もできず、祖父も困っていた。親戚の子は船酔いで泣いていた。

みな、携帯は家に置いてきていたし、船に無線があるわけでなく 
ちょっとした遭難のようなものだった。お盆で漁に出てる船も少ない。 
ところが、エンジンがとまって20分後、同じくらいの大きさの船が 
通りかかった。白い船体にところどころペパーミントグリーンの 
塗装がほどこされた漁船で、30代後半の男と、坊主頭にハチマキをした 
初老の男が乗っていた。

自分たちを追い越していこうとするその船に、祖父は手をふって 
叫んだ。船尾に「若幸丸」と書かれたその漁船は、スピードを緩めて 
横付けしてきた。「どうした」初老の男の問いに、祖父は事情を話し、 
自分の船着き場まで引っぱってもらえないかと頼んだ。 
男は快く引き受けてくれた。こういうとき、無償で助け合うのが 
漁師の間の暗黙のルールだ。
若幸丸も大型船ではなかったので、いつもなら8分で戻れる距離を 
30分ほどかけての航行だった。無事に船着き場に着いた際、 
祖父はあとで礼をしたいから家を教えてくれと頼んだ。 
小さな漁村内だ。そう遠くはないだろう。しかし、男は「かまへんよ」 
と笑っていうと、そのまま無言だった30代の男に船を出させ、去っていった。

帰宅後、留守番をしていた祖母に帰り際の出来事を話した。 
祖母は義理と人情の人だ。お礼をしなければ気が済まない。 
果物の1箱でも持っていきたいから、漁協の友人に調べてもらおう、 
ということになった。どこの集落にも情報通はいるものだ。
漁協の友人に電話をかけて1時間ほどしたあと、その老人が 
祖父の家を訪ねてきた。彼の話は不可解なものだった。 
「若幸なんて船、ないで」彼は周辺一帯の船舶の登録名簿を 
見ることができる人物だった。両隣の集落にも、その両隣の集落にも、 
そのような名前の船は存在しないという。少なくとも、現在は。 
彼の話はもう少し続く。彼や祖父母の生活する集落の隣の隣の隣に 
位置する集落には、何年か前まで「若幸丸」という小型魚船が 
登録されていたらしい。事情は分からないが、今では登録は抹消扱い 
になっているとのことだった。つまり、それは廃船を意味している。 
「もう少し遠い地域から来た船だったのかもしれない」そう言って 
祖父の友人は帰っていった。でも、そんな船が何故、こんなローカルな 
リアス式海岸沿いを走っていたというのかが分からない。祖父は言う。 
だからそのとき、自分は思ったことを口にした。 
「お盆で帰ってきた船だったのかもよ?」

25 :4/2 :2006/09/05(火) 12:29:30 ID:jgkMJ+T90
>>20 海坊主だったら今頃沈められとるわw 
>>24 うは、見逃してw
自分の祖父母、オカルト肯定派なんですよ。祖母はタヌキに化かされたこと 
あるって言うし、松阪・伊勢のスポットにも詳しいし。祖父は「人魂や 
UFOなんて漁に出てれば当たり前や」って言うし。それに縁起かつぎ。

漁師ネタでもう一つ。

26 :5/2 :2006/09/05(火) 12:38:09 ID:jgkMJ+T90
漁師は海で土左衛門を見かけても引き上げちゃいけないんだって。 
知らん顔してスルーして、あとで警察に知らせるらしい。
というのも、善意からの行動であっても、土左衛門を引き上げた船は 
一家末代まで祟られて不漁続きの人生を送ることになる、という迷信が 
存在するからなのだ。

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