主(ぬし)

19 :クリやん ◆aHHsHtXLnA :2006/08/11(金) 20:47:32 ID:TL+No2S00

田舎に移り住んだ両親が、新しく建てたばかりの家でのこと――――。 
そこは住宅街ではあったが、小高い丘の南側を段々畑のように切り崩し、造成された土地だった。 
夜中になれば野生動物が徘徊し、夏はカブトムシが飛んでくる、そんな場所。 
2階の広間は3方向すべてに窓があり、ドアがある南側が玄関の吹き抜けに通じていた。 
全ての窓を開け放すと、まるで屋外にいるかのように風が気持ちいい。 

夕方の4時頃だっただろうか。 
広間に仰向けに寝転び、目を閉じてくつろいでいた、その時だった。 
階段を上ってくる足音。母親だろうか。 
階段では確かに、それは人の足音に聞こえた。 
しかし2階へ上りきったところで、足音は別の何かに変わっていた。 
妙に軽やかで、歩幅の狭い…まるで、4本足の動物のような。 
足音が変わった瞬間、金縛りになった。 
足音は「タタタッ」と軽快に、真っ直ぐこちらに向かってきた。 
つい今し方まで窓の外から聞こえていたはずの、川の水音がまったく聴こえない。 
かわりに間近で聴こえたのは、体の周囲をグルグルと歩き回る動物の足音。 
そして、犬のような動物が匂いを嗅ぐときのような、鼻を鳴らす音。 
『それ』はまもなく、部屋の外へ出ていった。階段を下りる音はしなかった。 
金縛りもフッと解けたが、暫くの間は天井を見つめたまま呆然としていた。 
後で母に確認すると、やはり「2階には行っていない」という。家には他に誰もいない。 

辺りが暗くなった頃、母が庭にパンをばら撒いていた。 
「ここにね、沢山の狸がごはんをもらいにくるんだよ」 

ああ、そうなのか、と思った。 
恐怖ではない、あのときの奇妙な感覚。悪いものではない気がしていた。 
あれはきっと、この土地を守る動物の霊。 
この場に住み着く人間がどんな奴らか、ちょっと見に来ていたのだろう。 

前の話へ

次の話へ