一枚の絵

246 :1/5 ◆ty/LHTETvE :2006/07/23(日) 01:40:22 ID:Enxuzk5F0
 
ちょうど2年前の今くらいの時期の話です。 
久しぶりに友人と飲もうという話になり、早速酒やつまみを買い込んで 
その友人宅へ車で遊びに行きました。 
その友人は実家住まい。二階の部屋の一室が彼の部屋。 
もう一室は弟の部屋だったはずです。 
でもその弟がどうやら留守のようなので、気になってふと聞いてみました。 

「そういえば弟は?」 
「あー…そのことなんだけどさ…」 
少し言葉を濁している感じだったので余計気になり、更に聞きました。 
「え、なんかあったの?」 
「それがさ…なんか行方不明なんだね…半年くらい前から」 
酒を飲みながら彼は弟について語り始めた。 

…彼の話によると半年くらい前、急に弟が消息不明になったとのこと。 
しかもサイフや携帯電話など、身の回りの物は全て置いたまま。 
衣服に小銭が入っていたかは定かではないが、ちょっとその辺の 
コンビニにでも行くみたいなラフな格好だったらしいです。 
一応、警察もその弟の知人関係に事情を聞いて回ったらしいのですが 
特に気になることも何一つなかったそうです。 
知人関係でトラブルがあったわけでもなく、それどころか 
大学3年生で既に企業への内定も決まっていたとのこと。 
とても何か悩みがあったようにも見えない。…謎だらけです。

私は単純に三つの可能性を考えました。 

・何らかの事件に巻き込まれた可能性。 
・付き合ってる女性か何かがいて、その彼女の家に居候している可能性。 
・突発的に全てが嫌になり故意的に失踪した可能性。 

逆に言えばこのくらいしか考えつきませんでした。 
そのことを彼にも話してみましたが、彼もまた私と同様の可能性を示唆していて 
やはり状況からは事件に巻き込まれた可能性が高いのではないかと言っていました。 
警察も事件性が認められれば本格的に捜査するらしいのですが 
この場合、何らかのトラブルの形跡もなかった為、知人関係に事情を聞くだけで 
終わってしまったようです。 

そのことについて色々話しているうちに、私は悪いとは思ったのですが 
酔いもだいぶ回っていたこともあり、変な好奇心が湧いてしまいました。 
「そういえばさ…弟さんの部屋って今もそのまま?」 
「ああ、あの時のままだけど…」 
「ちょっとさ・・・見てみてもいい?」 
「ん?まあいいけどさ」 
友人は「なんで?」という感じで首を傾げていましたが一応承諾してくれました。 
もちろん一緒に入るという条件で。 

入ってみると男にしては小奇麗に整頓された部屋が現れました。 
パイプベットの横には10kgくらい(?)のベンチプレス。 
机の上には奥に辞書などが綺麗に並んでいて、携帯電話とサイフが置いてあります。 
棚には少年雑誌系の漫画の単行本が並べられていました。 
ざっと見、特に気になるところはありません。 
…ただ一点を除いては。 

気になったのは壁にかけてあった絵です。 
普通このくらいの年頃の男が好んで置くような絵にはとても見えませんでした。 
芸術を志しているのならわかりますが、彼にはそうした趣味は一切ないそうです。 
絵画については私も全然知識がないのですが、有名どころで言うと 
「シャガール」みたいな感じの絵がポツンと一つ飾ってありました。 
壁の真ん中に。その光景がなんだか異様で薄気味悪く感じました。 
女性(?)が真ん中に描かれているのですが… 
その顔がなんだか変に歪んでいるように見えます。こういう絵なのかもしれませんが。 

友人にこの絵について尋ねてみました。 
「この絵ってさ…」 
「あ・・この絵?そういえばいつの間にか飾ってあったんだよな… 
 俺もあいつがいなくなってから初めて気づいたよ。普段部屋に入ることもないしな」 
「え、前からあったんじゃないんだ?」 
「ああ、なんかさ。誰かから貰ったとかじゃね?たぶん。 
 あいつが絵に興味があるとも思えないし」 

それから友人の部屋に戻り、結局その話のことは忘れて馬鹿話をしながら 
酒を飲み続け、その晩は結局友人の部屋に泊まることになりました。 
お互い次の日は仕事も休みだったので、午前4時くらいまで飲んでいたと思います。 
…目が覚めたのは午後1時過ぎ。友人はまだ寝ていたので起こさないように 
トイレに立ちました。トイレに入りながらふと昨日の話を思い出しました。 
(そういえば、あの絵も結局謎だったな…どんな絵なのか写メでも 
撮っておいて後で調べてみるか…) 

そう思って、友人の弟の部屋のノブに手をかけました。 
「ガチャガチャ・・・あれ?」 
鍵なんてないはずなのにドアノブが固定されていて回りません。 
ノブには鍵穴もないし、そうなると内側から鍵がかかってるとしか思えません。 
おかしいと思いながら何度も回そうと試みましたがやはり開きませんでした。 
仕方ないので諦めて友人の部屋に戻ったのですが、なんだか友人が寝言を言っています。 

「……うーん…やばいよ……戻れなくなる…むにゃむにゃ…」 

やばい?戻れなくなる?所々聞き取れませんでしたが「やばい」「戻れなくなる」 
だけは聞き取れました。それが何を示しているのかはわかりませんでしたが。 
その後、友人も起きたので私は「じゃあまたな」と、友人宅を後にしました。 

それから2ヶ月くらい経ったあるとき。その友人から再び連絡がありました。 
「うまい焼き鳥屋があるからそこで飲もうぜ」とのこと。 
焼き鳥屋につくと、早速飲み始めて他愛もない話で盛り上がっていました。 
私は前回のときのことが気になっていたのを思い出したので 
友人にそのことを聞いてみました。 
「そういえばさ、ほらこないだ。おまえの家行ったときさ」 
「あーあんときか」 
「あんときさ。ほら、弟さんの部屋に絵あったじゃん。絵」 
「は?絵って?部屋?ていうかおまえ弟の部屋なんて入ったっけ?」 
「え・・何いってんの?一緒に入ったじゃん(笑)」 
「おまえこそ何言ってんだ?酔っ払ってのか?(笑)」 

あのときのことはどう考えても「夢」だとは思えません。 
この後、友人が一言付け加えました。 

『そもそもさ…弟の部屋に絵なんてないけど?』 

しばらく唖然としましたが、私はもうその話について言及しませんでした。 
現在もまだその弟さんは見つかってないらしいですが、 
今でも私とその友人はたまに会っては酒を交わす飲み友達です。 

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