新居

244 名前:名無しさん 投稿日: 2009/03/23(月) 07:53:15 ID:SDf7pnr.0
私の体験談です。
数年前の春先のこと。3月の下旬になっても内定が決まらず途方に暮れていたときだった。 

最終面接まで行ったものの不採用となっていた広告代理店から連絡があり、
「急な話なんだけど新卒採用に空きが出たから4月1日から来れるかな?」
と言われ、未だ就職先が見つかっていなかった私は、二つ返事で承諾し晴れて4月から新社会人となる事が決まった。
 
しかし、今住んでいる場所から職場までは2時間以上も掛かるため、
職場近辺で賃貸物件を探そうと、大手の不動産屋をいくつかあたってみたのだが、
既に新生活の引越シーズンの直後とあって、優良な物件は既に借り手がついており物件探しは難航した。
 
そんな時、職場近くの駅前で格安賃貸物件の張り紙を見つけ、
気は進まなかったが、新生活が安定したらまた引っ越せばいいさと思い、張り紙の不動産屋に当たってみる事にした。 
やはり、この時期はなかなか優良な物件は少ないという事だったが、
築年数がやや古いもののこの近辺の相場としては専有面積も広くてかなり安い物件を紹介された。 
 
現在、ハウスクリーニングを行っているため室内の見学は出来ないとの事だったが、
これ以上物件探しに時間を割く余裕もなく、外装は古くともいい味を出していたので契約する事にした。 

始業日まであと5日。
今住んでる家の引き払いや引越などを急いで進め、なんとか始業1日前の3月31日に新居に入れる事になった。 
3月31日夕方、いくら築年数が古いといってもこの地域の相場ではかなり安かったため、
中はそうとうボロいんだろうと心配しながら新居に到着。 

内装は意外と奇麗で、塗装を繰り返したコンクリの壁や経年で磨かれたフローリングにもむしろ味があり、不安は吹き飛んだ。
むしろここなら長く住んでもいいなと思った。 
始業前ギリギリの引越とあって家財道具は翌週の週末に届く事になっており、その日は持参した寝袋で何もない部屋で寝る事にした。 
翌日は始業という事でこの1週間の慌ただしい準備の疲れを取ろうとすぐに寝る事にした。

その夜、ひどい耳鳴りと寝苦しさに目が覚めた。金縛りで体が動かない。
しかし私は極度に疲れている時に、しばしば金縛りに掛かる体質なので、驚く事もなく真っ暗で何もない部屋をぼーっと眺めていた。
次第に目が闇に慣れ、部屋の壁や床がはっきりと見えて来た。

丁度私が硬直している視線の先に引き戸のクローゼットがあり、その引き戸が微妙に開いているのが目に留まった。
その引き戸の隙間をただじっと眺めていた。すると微かに、ゆっくりと引き戸が開いて行くように見えるのだ!
私は目の錯覚だろうと思いながら凝視するがやはり僅かずつ引き戸が開いていくように見える。

そして開かれた引き戸の奥の暗闇が、永遠と続く闇のように深く見え、私は恐怖を感じた。
床で寝ていた私の視線は、その僅かに開かれたクローゼットの闇の下部に焦点が合わされたまま硬直していたが、
その視線の端では、クローゼットの引き戸の上部の闇の中に、微かに白いモヤのような物が蠢いているように見えた。

耳鳴りが次第に強くなり、顔に冷たい汗が伝うのが分かった。
いよいよ恐怖が極限に近づいたそのとき、私の指先が痙攣するように動いた。
金縛りが解けた!そう感じた瞬間私は、急いで寝袋のジッパーを下し立ち上がって電気のスイッチを押した。
しかし電気は点かない。半分パニックになりながら何度もスイッチを押すが反応が無い。

私はそのままの格好で部屋のドアを開け廊下に出た。
廊下の電気は点いていて私は何とか冷静さを取り戻した。
廊下の明かりが入るように、部屋のドアを開けたまま玄関の電気のスイッチを押してみるが、反応はやはりない。

どうやら私の部屋だけが停電のようだ。
次に電力会社に電話をしようと考えたのだが、部屋の中に携帯を置きっぱなしなことに気付いた。
財布も部屋の中だ、これでは外で時間を潰す事もできない。

私は玄関のドアの下に靴を固定しドアを開いたままにし、廊下の明かりを頼りに部屋の中にあるバッグに向かってダッシュした。
バッグに辿り着くと私はそれを肩に掛け他に目をやらずに玄関にダッシュした。
その瞬間、靴がドアの重みに引きずられてドアが閉じ始めた。
私はこのドアが閉じたらもうこの部屋から出れなくなるような錯覚に陥り、
玄関に辿り着くと慌てて閉じかけたドアを押さえ外に飛び出した。

その日は駅前の漫喫で朝まで避難する事にした。
この事で完全に眼が醒め、眠れなくなった私は朝まで漫画を読み時間を潰した。
朝になると街は騒がしくなり、私もすっかり余裕を取り戻して、昨晩の自分の行動を思い出しては思ってた以上に自分がビビリだと気付き苦笑した。
別に「何か」をハッキリ見たわけでもないんだし、たまたまクローゼットが少し開いていた事と停電にパニックになるなんてと。

家に着くとブレーカーを確認。ブレーカーは上がっていた。
何て事は無い、エアコンを点けっぱなしで寝ていたんだしそんな事もあるだろうと。
クローゼットは確かに半開きだったが、開いて確認をしても問題はない。
直ぐにシャワーを浴び着替え職場に向かった。
今気にすべき事は新居のクローゼットなどではなく職場の事だろうと気持ちを切り替えて。

私は自分の行動を自嘲したものの、その日以降、夜帰宅すると玄関のドアを開けたまま電気が点くかを確認し、
クローゼットをきっちり閉じて、ガムテープを外から貼って電気を点けたまま寝袋に顔まで隠して眠るようになった。
やはり、あの日の体験が怖かったのだと思う。

週末、家財が届く予定なのだが急遽仕事が入り、彼女に搬入を頼む事になった。
仕事中、彼女から連絡があり「なんで押し入れガムテープで塞いでるわけ?意味わかんないんだけど開けても良いの?」と聞かれ
初日にゴキブリがクローゼットにいたからと適当な理由を言って誤摩化した。

夜、職場を出ると再度彼女から電話が来た。
電話の声は昼間の落ち着いた様子とは変って興奮した様子だった。
「今日、あんたのとこに泊まるのやめるわ。ねぇ、あんたさぁ押し入れのあれ何かあったんでしょ?」と再度聞かれた。

だからゴキブリが。。。と説明するが絶対うそ!と彼女は聞き入れない。
「何かあったのか?」と俺が聞くと、彼女いわく、シャワーを浴びてる間、
シャワールームの磨りガラスの向こうに誰かがいたのだと言う。

寒気が走った。気のせいだろ?と言うが、彼女は何度も人影が通り過ぎたと言って聞かない。
終いには「あんた幽霊出るの知っててアタシ呼んだんでしょ。」などと怒りだした。
俺も「そんな事言われたら今日帰れないじゃんかよ!ふざけんなよ。」と言い合いになるが、一方的に電話を切られてしまった。

その日、家に着くと家財は奇麗に並べられていて、夕食も丁寧にラップされテーブルにおかれていた。
彼女に申し訳なく思い謝りの電話を入れようとするが繋がらない。
電気とテレビが点いていると、とても恐怖感を感じるような部屋ではなく、
怖い話の体験談に出てくるような視線を感じるだとか、違和感を感じるだとか言う事もない。
だが、さすがにそんな話を聞くとシャワーを浴びる気にはならず、
食事を済ませベッドに入りながらテレビを見ていると初仕事の1週間の疲れがどっときていつの間にか寝てしまった。

その夜、再び耳鳴りで眼が醒めた、金縛りだ。しかも点けていた筈の電気は消えている!
やはり視線はクローゼットで固定。。。見えるのはクローゼットから垂れたガムテープ。迂闊だった彼女が剥がしたのを忘れて、止め忘れた。
目を閉じる事も出来ない恐怖。徐々に目は闇に慣れて行く。そしてゆっくりとゆっくりとクローゼットの引き戸が開かれて行く。。。
今度はベッドの上なので固定された俺の視線が高い。クローゼットの上部がはっきりと見える。

もの凄くゆっくりと引き戸は開かれて行く。
15センチくらいまで開いただろうか、もうこれは錯覚ではない。確かに最初は閉じていたのだから。
開かれるクローゼットの隙間からぼんやりと白い物が見える。
それはクローゼットの内側から引き戸に掛かったもの。

指、それは確かに人の指だ。。。
指先の第1関節当たりまでしか見えないが4本の指が引き戸に掛けられゆっくりと戸を開いている。。。
声を出そうにも出ない。発狂寸前の恐怖。やがて戸の開きが25センチくらいに達すると今度は真っ黒な何かが見え始めた。
人の頭、髪の毛だ。「それ」はクローゼットの上段に横向きになっているらしい。。。
 遂に「それ」の額までが見えた時、ひとつの恐怖がよぎった「こいつと目を合わせてはいけない!」
そう感じた瞬間、指が痙攣し、金縛りが解けた。
直ぐに布団を頭まで被った。
多分電気はまた点かないだろう。直感的にそう感じ布団の中で丸まって震えていた。

どれくらい時間が経ったのか、必死に布団の中で朝を待った。
しかし、しばらくするとベッドのマットレスが沈み込んだ。。。
私以外にこのベッドの上に誰かいる!
勘弁してくれ!消えてくれ!と必死に念じたとき布団が引っ張られるのを感じた。
布団の隙間から白いつま先と髪の毛が見える。

私は遂に恐怖の頂点になり気が狂れた。
布団を力一杯引き戻し「しつけぇぞコラ!!ぶっ殺すぞてめぇ!」と叫ぶと布団を被ったままベッドをおり、絶叫しながら 玄関に走った。
途中、ソファのオットマンにつまずき転倒すると後ろに布団を投げつけ、
テーブルを蹴倒し、振り返る事なくドアを開け廊下に出た。
自分でもパニックで 意味が分からない行動だった。

廊下では照明が点滅し、女性のアナウンスが廊下に響き渡る不気味な状況だった。
混乱し状況を飲み込めないままエレベーターに向かうがボタンを押しても反応はない。
女性のアナウンスはエレベーターの扉の向こうから聞こえてくる。
「エレベーターが故障しました、中にいる方はエレベーターの受話器でメンテナンスに連絡して下さい」
というようなアナウンスが流れている。

何がどうなっているかもわからずに階段に向かおうとしたとき、
ガチャン!!
もの凄い音とともにエレベーターの扉が開くが振り返らずに階段を走り下りた。

外に出ると通りには街灯が点き車が走る日常の光景が見えて安心した。
裸足のまま外に出たがもうそんな事はどうでも良かった。
さすがにもう財布も携帯も取りに戻る勇気はなく、
かといって見知らぬ人に助けを求めようにも、こんな話をしたら相手に自分の思考回路を疑われるのは目に見えていたので、
裸足のまま近くの公園のベンチの上で朝を待った。

朝になるとだんだん「それ」の事を思い出し腹が立って来た。
例え霊がいようと人様をビビらすような真似をしやがってふざけるなと、
例え何か困ってて俺や彼女にコンタクト取ろうと思ったんだとしてもそのやりかたはどうなのよ?と。

街の人たちからも裸足で薄着の俺を蔑んだ目で見られるし、だんだんと怒りが湧いて来た。
マンションに戻り部屋のドアを開けると、私は壁を拳で叩き、
「まだいるんか!?今度邪魔したらマジで許さねぇぞ!」などと独り宣言し、最低限必要な荷物をまとめネットカフェに行った。
それから1週間ネットカフェ生活を送り、新たな物件を探し引越を手配し、引っ越した。
やはりあの日の恐怖が脳裏に刻み込まれたのか引っ越してからも未だに独りでは電気を消して眠れない。。。

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