竹林の女


580 :30代男:2008/02/14(木) 21:51:34 ID:liPFG/UR
実際にそのものを見たわけでは無いので生活板に・・・。

それは10月も終わりに近づいた放課後のこと。
私たちは文化祭の準備で、かなり遅くまで教室に残り展示物を作る作業をしていました。 
朝からの雨はいつの間にか霧雨に変わり、夕方なのにまるで夜のような暗さでした。
時々遠くで雷鳴が轟き、当たり一面を一瞬明るく照らします。
 
私の故郷はかなりの田舎で、中学校も山を切り開いたその中にあり校庭を挟んで小さな町が広がり、山手側は竹林になっています。
雷光のたびに竹林が照らし出され、うっそうとした奥のほうまでの広がりが見えます。 
私は親友の高橋君と、紙を切ってセロファンに付ける作業をしていました。 
すると、高橋君が竹林を見て手を止めました。

しばらくして「何や?あの女・・・」と私に問いかけます。
視線を上げて竹林の方を見ますが、女性はおろか特に変わったものも見えません。
「別になんもないで」
私の言葉に高橋君は、
「いや、変な女がおる。かがんで地面を見つめとる」
高橋君の話では、古い服装の若い女性が竹林の中で何かを探しているうに見える、と言うのです。
でも私には何も見えません。見えるのは霧雨と、もやがかった一瞬明るくなる竹林だけです。
「やっぱり見えへんで」 
私たちの会話を聞いてクラスメートが何人か集まって来ました。 
竹林の女性が見える人もいれば、見えない人もいます。
見えると言う人たちは皆ひどく怖がっていました。「体が透けている」と言うのです。 

いつの間にかクラスメートのほとんどが集まってきました。
何人かは竹林側の廊下に出て、より近くで見えない女性のその姿を見ているようです。
しかし私や半分くらいのクラスメートには何も見えません。
そこへ担任と隣組の先生がやってきました。
「お前ら何してるんや。作業せいよ」
担任の勝田先生が言います。年下の隣組の先生は腕組みをしています。 
高橋君がつぶやきました。
「あそこの竹のとこに変な女がいるんです」
指差す方向を見た担任は、
「雨降ってるだけやないか。竹の子でもおるんか」と笑います。
「か、勝田先生、あれが見えんとですか!?」
隣組の先生が腕組みをとき、後ずさりながら言いました。
「透けとう女です!」 
中途半端な笑い顔のまま勝田先生は、それでももう一度その方向を見ます。 
「いや、見えんが・・・。みな見えとるの??」
「はい、見えるとです」 
雨がやや強くなり、ほとんど夜の暗さになった教室に、
さっきまで騒いでいた生徒たちも静かになり、その方向を皆見つめています。
女生徒の怖くてすすり泣く声だけが聞こえます。
見えない生徒たちも、その不気味な雰囲気に何も言うことができません。

突然大きな雷光があたりを照らし出しました。と同時に、生徒たちや隣組の先生が悲鳴をあげました。
「うわっ。こっちに来よるっ!」
見える生徒たちが悲鳴をあげながら教室を逃げ回ります。
廊下の生徒達も恐怖で泣きながらあわてて教室に入ってきます。
「なんじゃあ、こりゃあ!」と隣組の先生もまるでジーパン刑事みたいな声をあげて、
でも体が動かないのかそのまま立ち尽くします。 
教室には怒号と悲鳴と泣き声の生徒達が逃げ惑います。
まるで長い時間のように思えましたが、実際は数十秒だったのでしょう。
やがて「消えたっ!」と誰かの声が聞こえ、教室にはパニック状態だけが残りました。
泣いている生徒、腰が抜けてへたり込んでいる生徒、そして立ち尽くすジーパン刑事・・・。 
ただ、見えない私達にはまったく何も見えませんでしたし、感じませんでした。 
結局このことはかなりの騒ぎになり、その日保護者に急遽連絡が取られ、すぐにそのまま帰宅となりました。

後日、全校朝礼で校長からの厳しいお叱りがありました。
そのときは『見た』と言った隣組の先生も、それ以降見たとは言わなくなりました。
思春期による集団ヒステリー。
そんな言葉でこの一件は片付けられてしまいました。 

大学を関西で過ごした私はそのまま関西で就職し、月日が経ちました。 
まだ交友が続いている高橋君が所要で関西に出てくることになり、大阪の梅田で久しぶりの再開を果たしました。
まあ、メールや電話でのやり取りは結構あるので、まあまあの感激でしたが。 
私は二人で飲みがてら、あの時何が起こったのか長年気になっていることを聞いてみました。
あの時、竹林で何かを探していた女は、雷光と共にすべる様に教室の方角に向き直り、
そのまま、すう~っとこちらに移動してきたそうです。
古いモンペ姿に何かを入れた袋、うつろな瞳、着物のカスリ模様まではっきりと見えたそうです。
そしてそのまま廊下の壁と窓をすり抜け、教室の窓もすり抜け、そのまま空中で雪が解けるように消えたそうです。 
「お前、ホンマに見えたんか?」
私の問いに酒を飲みながら何度も高橋君はうなづきました。
「確かにな、見たわ。でも、もうええわ」
その後は二人ともおいしい料理と酒を十分堪能しました。 

JR大阪駅に高橋君を送って行く途中で高橋君がつぶやきました。 
「なあ、あの時の女性な、こんな風に空中移動してたわ、ゆっくりとなぁ」 
その視線の先には、阪急梅田のムービングウォーク(動く歩道)がありました。 
「歩かずに乗ってる人は、まさにあの時の女性の移動スガタそのままや」 
大阪駅のいつも私が行かない長距離用のホームで、
高橋君は笑いながら私の肩をグウで軽く殴りながら何回も言いました。 
「また、帰って来いよ~~、智頭急乗ってなっ。待っとるよ」

あの怖かった経験も、今ではふるさとの甘い思い出なのかもしれません。

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