信心

928 ◆/HPq4mSsdY sage 2013/01/24(木) 12:54:34.24 ID:16DkNnLVO

俺が24才の頃の話。 
俺の実家はちょっとした関係で、ボンサン(お坊様)の知り合いが多い。 
出張途中のボンサンがウチに挨拶に立ち寄り、ウチは食事や酒、寝床を提供したりしてた。 
ボンサンの多くはよく酒を飲み、話が上手で楽しく、声も渋くて耳に心地よい。 
ウチでは母さんが一番信心深く、ボンサン達の来訪を歓迎していた。俺もボンサンと飲む機会は多かった。 

さて、俺の姉は昔から、純粋というか、感受性と思い込みの強い人だった。 
その頃姉ちゃんは、お経に凝っていた。自室で夜な夜なゴニョゴニョと詠んでいる。 
何でお経詠んでんの?と聞くと、 
姉「だって可哀想だから」 
俺「何が」 
姉「先月、猫の死骸を見たから。気持ち悪くて触れなかったから、ごめんって謝ってんの」 
1ヶ月もかいっ。呆れたが、放っておいた。姉ちゃんの場合、趣味とか遊びではなく本気だ。だから止めても続けるのは知っている。 

家族皆で放っておいたら、翌月もやっている。聞けば、可哀想の対象が増えていた。ニャンニャンワンワン…。 
そのうち、父さんも寝室でゴソゴソ始めた。般若心経だそうな。 

多感な父さんは本やらCDやら買い揃え、姉ちゃんよりマメに詠む日々。 
でも、ウチは前からお経慣れしてるので、あまり気にならなかった。 
お経を詠むのは良いことだ、と母さんスルー。俺も、多少うるさいな、と思うだけでスルー。 

そんなある夜、母さんに電話があった。 
「あらー!お久しぶりです!」 
和やかな挨拶の後、しばらく真剣に話し込んでいる。 
と、母さんが姉ちゃんに電話を渡した。 
姉ちゃんは少し話して子機に転送、自室に引っ込んだ。 
浮かない顔の母さん。どしたの?と聞くと。 
母「あんたも知ってるでしょ、ボンサンのAさん」 
俺「あぁ、何度か飲んだ、優しそうな人。ワケアリだったなw。電話、Aさん?」 
母「うん。それがね…」 
聞けば、Aさんの用件は、Aさんの奥さんが至急、姉ちゃんと話したい、という。 
えっ、と思った。 
Aさん曰く、僧の身でありながら未熟者にて恥ずかしい限りだが、私は家内を信頼しております。 
また家内をよく知る○○さん(ウチ)のご家族に健やかであってほしいと思う。悩んだが、家内の話を聞くだけ聞いて頂けないか。 

ワケアリとは。 
Aさんの奥さんはかなり霊感が強い。 
地方のボンサン数人、つまり身内で飲むと、たまにその話題が出る。 
だがそれは暗黙の了解で、内緒の話。Aさんも自ら吹聴しない。 
そりゃそうだ、ボンサンでも何でもないただの専業主婦が、霊を見る、聞く、あまつさえ鎮めることができる。 
極々たまに、やむを得ずそっち方面の相談を受けることもある。 
なんてことは、世間的に僧たる夫の徳や業をけし粒にする可能性がある。 
Aさんや奥さんの鎮魂は、やってることは同じだが社会はそう見ない。 
だから奥さんは極力何もせず何も言わず、専業主婦に徹している。 

その奥さんが突然、姉ちゃんに話があるという。 
「ちょっと様子を聞くだけですから」 
と付け加えたAさんだが、母さんは既に深刻。 

姉ちゃんは30分くらい話しただろうか。居間に降りてくると、 
「お経やめなさいって」 
あっけらかんと言って子機を母さんに渡した。事情を聞くと。 
姉ちゃんのお経は既に幾つかの善くないものを集めており、まだまだ増えるという。 
姉「それはダメなことなんですか?」 
奥さん「いけません」 
姉「では、どうすれば良いのですか?」 
奥さん「お経をやめて、さようならって思うと良いですよ。姉子さんの優しい気持ちは、皆にもう十分伝わってるの」 
姉「はい…」 
奥さん「だから、今度は元気よくお別れしてあげるといいですよ。今、ちょっとやってみる?」 
で、しばらく2人でさようなら、元気でね、と口に出してお祈りしたそうな。 

姉「もうお経やめるー」 
良くも悪くも素直な姉ちゃん。 
俺「えーと、その、集まっちゃったやつは?どうなるの?」 
姉「電話してる間にみんな居なくなったって」 
すげーなおい。 
電話で除霊かい。つかその前の霊視すげーな、距離関係なしでこっちの状況わかるんか(かなり遠方)。 
つか俺の隣の部屋にそんなのワサワサ居たんかい。 

お礼を言って電話を終えた母さんが、姉ちゃんに、良かったね、気を付けようね、Aさん夫婦に感謝しようね、と。 
だが母さんちょっとションボリ。信心深いだけに、お経もいろいろ、思うところもあろう。 
俺「まぁ、何事もなくてよかったじゃない」 
母「姉子はいいのよ」 
俺「……ぁ」 
もう1人居るじゃん、般若心経! 
俺「父さんは!?つか今2階でしょ、やってるよ今っ」 
母「それは…、いいんだって」 
電話を終える前、母さんが父さんについて聞くと、奥さんは言葉を濁しに濁したが、要するに。 

父さんのお経は信心が極めて弱く(つまり無い)、善いも悪いも何も呼んでない。だから放っておいてよし。 
…父さん…。 
でも奥さん曰く、それでも良いらしい。 
信仰の自由。 

父さんはしばらくしたら、お経をやめた。 
父「姉子みたいになったら大変だからなぁw」 
いやいや、あんた飽きただけでしょう、というのが3人の共通見解。 
父「それより、今度アヒルを飼おうと思うんだ」 
理由を聞くのが面倒くせー!! 

以上、長文失礼しました。 


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