山奥の集落

490 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/19 00:21 
野鳥の撮影が趣味でよく山へ行く。三年ほど前、林業関係の仕事に
就いている知り合いからある珍しい鳥の情報をもらって朝早くから出かけた。
ところが半日粘っても鳴き声すら聞こえない。そのうち雲が厚くたれこめて
昼過ぎだというのに薄暗くなってきたので、これではもし鳥が現れても
ろくな写真は撮れないなと思い、車に引き返した。せっかくこんな山奥まで
来たのだから次に来る時のために下見をしておくか、と車を走らせた。
砂利道からいったん舗装道に戻り、沢沿いの道を登る。前方に集落跡が
見えた。七、八軒の廃屋が道沿いにかたまっている。林業の景気が
良かった頃はこのあたりの村もずいぶん潤っていたらしいが、近頃では
例に漏れず過疎化が進んでいる。その集落跡の中ほどに、知り合いに
聞いていたとおり、林業関係者用のプレハブの小屋があった。
鍵がかかっているので中には入れないが、沢から引いた水がドラム缶に
たまっている。車を降りてそこで顔を洗った。

散歩がてら、集落の中をすこし歩いてみた。誰かがいたずらで石でも投げた
のか、それとも自然に破れたのか、ほとんどの窓ガラスが割れていた。
割れてないのもほこりが厚く積もっていた。一軒の家の前で足が止まった。
何か動くものが見えた気がしたのだ。首を伸ばして割れた窓ごしに
中をのぞくと、女の人が丸い椅子に腰かけて鏡台に向かっていた。
三十歳前後くらいに見えた。地味目で清潔だがどことなく野暮ったい、
流行遅れの服を着ていた。腰まである長い黒髪に、何か懸命な様子で
ブラシをかけていた。僕はすぐに回れ右をすると車に乗り込み、
ドラム缶にバンパーをぶつけながらUターンしてその場を走り去った。

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