拾ったYシャツ

876 1 2013/06/14(金) 11:53:25.14 ID:Rtk/U+QB0

日本がまだまだ貧しかった、昭和31年の話。 
東京E区に住んでいたA子さんが近所の小川で、1枚のワイシャツを拾った。 
ちょっとした汚れはあったけど、洗えば落ちそうだし、綺麗にして父親にあげようと 
彼女はそれを持ち帰った。今なら考えられない事だけど、当時の庶民の生活水準から 
すれば、わりと当然の感覚だったらしい。 

その日の夜、近所にお使いを頼まれたA子さんは、とある田んぼ道を歩いていた。 
当時は家も建てこんでいなかったし、ぽつんぽつんと設置された街灯の頼りない光で、 
周囲の様子がぼんやりとわかる程度。 
その薄闇の中、ふとある光景がA子さんの目に飛び込んできた。 

ごそごそと動く黒い塊。 
よく見ると一人の男が道端にかがみこんで、何かを懸命に探している。 
視界の効かない夜の田んぼで、明かりも持たずに探し物…? 
薄気味悪く思ったA子さんがそっと引き返そうとした時、男が突然振り向いて言った。 
「ワイシャツを返してくれ…」 
A子さんは悲鳴を上げ、必死で家に向かって走り出した。 
ワイシャツ!?昼間拾った、あのワイシャツの事だろうか。そうに違いない。 
でもどうしてあの男は、自分がワイシャツを拾った事を知っているのだろう。 
まだ誰にも話していないのに。 

命からがら何とか逃げ帰ったA子さんは、父親に事の次第を打ち明けた。 
田んぼで探し物をしていた男が、たとえ生きた人間にしろ話は尋常ではない。 
結局翌朝を待って、A子さんは父親に付き添われ、近所の警察にワイシャツを届け出た。 

しばらくして、強盗殺人犯が逮捕された。 
逮捕の決め手になったのは、A子さんが拾ったあのワイシャツだった。 
あのワイシャツは、殺人犯が捨てた被害者のワイシャツだったのだ。 
付いていた汚れは、被害者の血液だった。 

あの時A子さんが田んぼで見た男が、現場に舞い戻った犯人だったのか、被害者の霊 
だったのかはわからない。ただ、A子さんは幽霊だったと信じている。 
そして、A子さんの届け出たワイシャツが有力な物証となり、逮捕に結びついたというのは、 
担当の刑事が事件解決の打ち上げ式の席上で、新聞記者に語った紛れもない事実だった。 

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