天女さん

975 本当にあった怖い名無し sage 2012/05/30(水) 21:06:32.07 ID:HhN52zwF0
思い出せないとことかは適当に創作 
長いの嫌いな人はあぼーんしちゃって 

子供の時分、幽霊なんかいやしないって言い張ってた。 
所謂、居ると怖いから居ない事にしたいって輩。臆病者。 
素直に怖いと言えるやつの方が、よっぽど肝が据わってる。 

大学生にもなって、一年・二年・三年と彼女は無しの順調な滑り出し。 
素直じゃないってのにも色々あるよな。俺のは見栄っ張り。 
こういう弄れた野郎には、弄れたのにしか寄って来ない。 
痛々しい見栄っ張りを格好良いと勘違いしてしまうような子。 
ヴィジュアル系が好きだったりする子に多かった。 
ところが俺はノーマルな趣味。心根が普通の女が好きだから困った。 
見栄ばっかり張っている自分に、内心辟易してたのかもしれんな。 
肩肘張らず付き合って行けそうな子にばかり惹かれ。毎回爆散。 
顔が可愛かろうと、体が好みでも、性根弄れてたら袖にする。 
機会無いわけでもないが、ずっとこんな調子で、交際なんて夢物語の日々。 

身近な色恋沙汰と言えば、カフェテラスで友人から聞かされるものばかり。 
さも興味ありといった顔つきで、右から左に聞き流すだけ。 
真剣に相談の時だけは真面目だったけど。的を得た事が言える訳ない。 

8月上旬に入ってやる事と言ったら部活だけ。 
それも猛暑だったから、野外練習中止告知を見てげんなりってのが多かった。 
定員割れスレスレがたいていの学部でデフォの底辺大学だったからさ。 
運動施設充実してる大学とは違うんだわ。 
クーラー効いた体育館に押し込められると、道具使うスポーツは兎に角嫌がられる。 
早々に日照がきつい日はどうせ部活出来ないだろって諦めた。 
家の近所の道端の掃除したり、婦人会って名前の老女会の手伝いに行ったりして、時間潰した。 


その日はかなり朝方から雨が強かった。 
少人数の部にしては珍しく、他と合同だけど、体育館が借りられる日。 
早朝からいそいそ出かけていったら、体育館の扉は閉まってた。 
いつもなら開いてる時間なのにおっかしいなあと思いつつ。 
待てど暮らせど開けにも来ない。 
まあこの雨だから他で何かやってるんだろうと思いはするもんの。 
こちとら楽しみにしてたわけで。 
裏手の空気取りの窓からでも侵入するかって裏に回った。 
ゴミ集積場所のすぐ横通って饐えた匂いに鼻つまんで歩ってたら 
突然すっごい雨脚が強くなって地面が白く霞んでた。 
ジャージの裾が一気に雨吸って重くなってく。 
慌てて進んだら、肌色が見えた。 
傾けてた傘を持ち上げたら、尻と黒い髪に覆われた背中が見えた。 
絶対これお化けじゃん。こんなとこで全裸とかありえないじゃん。 
「お、おば? けさん?…うぉおあっ!?とか叫び声上げて一目散に逃げたよ。 
体育館裏抜けたところで壁に背を預けて、ぜはぜはやって。 
恐る恐る後ろを向いたら、こっちに向いてた。 
胸とか股間とか目が行く奴のほうが多いんだろうけど。 
俺は顔を見た。髪がべったりと張り付いててその間から赤茶けた瞳が見えた。 
妙に頬が蒼かった。やっべえ、これ絶対やべえ。 
ダッシュ。猛ダッシュ。体育館の入口前に逃げた。 
別の部のやつがいたんで、そんなかで一番たくましそうな奴にしがみついて。 
「お、おばっ、お化けっ!そっち!マジ!見た…マジマジ!!見てきてっ!」 
みたいに動転したまま言ったら大笑いされたわ。 
で、おもしれえから行ってみるべみたいにその連中が言うもんで案内した。 
女の幽霊は綺麗さっぱりいなくなってた。 

この話を誰にしても信じてもらえない。 
「こんな年でお化けとかさあ。無いでしょ」 
笑いの種にされるだけ。 
一週間くらいひどかったよ。 
夜は天井の模様が顔に見えたり。 
アパートのトイレやシャワー使えなくなって銭湯行ったり。 
夜道は振り返り振り返り帰ってたわ。 
見栄っ張りなもんだから、笑われるだけと気付いて相談もできなくなった。 

8月中旬。また雨の日。 
その日も他の部と合同で体育館借りてた日。 
早朝に起きていそいそと出かけてったら開いてなかった。 
本来なら六時に開くはずなのに六時半過ぎても開けに来ない。 
おい、またかよとか思いながら、恐る恐る体育館裏へ。誰もいない。 
そうそ、幽霊なんて単なる思い込み。 
いそいそと、外側から窓枠ごと外せちゃう壊れた窓んとこいってオープン。 
足先から先に入って段差をすとんと下りて。 
いざ薄暗い体育館内みわたしたら奥の方の暗いあたりに人のシルエット。 
お、おやおやあ?なんか体の線直に出てません?そんなに目よくないんで目をこらした。 
横から見てたんで胸の盛り上がりがわかるんだわ。幽霊は女。 
「ひ、ひ、卑怯だ!」って叫びながら窓へ戻る俺。 
慌てて上半身だけずるんとだしてジャージを泥でよごしながら逃げ出した。 
その時も別の一団連れてまた行ったんだけど誰もいなかった。 

それから、お化けみたとか下らない嘘をつくやつって噂が広まりだした。 
気分は毎日最悪で、ヒソヒソ話とかされてると全部俺の事のように思えてきて。 
幽霊怖さと周囲の嘲りの怖さで憂鬱だった。 

9月初旬。また雨。 
恒例の開いてない扉。 
この時の俺はまた幽霊に出てほしいって思ってた。 
幽霊なんかより嘲笑われる方がもっと嫌で怖かった。 
例の窓から中にを覗く。目を凝らすとやっぱりいた。 
俺はもう無我夢中で携帯のカメラのシャッターを連写モードできりまくった。 
かなり遠かったけどLEDのフラッシュと音には気づいたみたいで影がこっち向いた。 
速攻で逃げた。 

部活始まる前に部員の前で証拠写真とったからつって 
後で見せろよ逃げんなよなんて言われてむっふっふ。 
部活が終わるのがめちゃくちゃ楽しみだったわ。 
がたがた震えながらとってたからブレまくり。 
遠かったからフラッシュも届いてなかったけど。 
少なくとも奥の方に薄茶けた人型が見える写真が二枚とれてた。 
で、部活が終わる頃になって、試合やってる時に、俺を訪ねてきたやつがいたみたい。 
後で体育館裏にきてほしいって伝言残してったよとマネがいうもんで。 
部員にまた告られんのかとか冷やかされながらとりあえずそっち片付けに行った。 

サマドレ姿の女が立ってた。結構大人びて綺麗。 
髪も目も黒くて俺好みで姿は清楚なんだけど視線が勝気。 
なんか見覚えがあるようなないような。 
近づくと手出してきて。 
「ケータイ」 
鈴を転がすような声で言う。 
「はい?」 
「だからケータイ。撮ったでしょ。ビビりの癖に」 
「…喋れるお化けさん!?」 
「違うっ! 役作りのために脱いでたの」 
「役作り?」 
「自主制作映画の主演やっと掴んだのよ。 
ベッドシーンある役だから、度胸つけるために裸になる練習で代用してただけ 
雨の日だったら皆出足遅くなると思ってたのに…」 
「え?あの…じゃ、扉閉まってたのって」 
「内側から鍵かけてたのよ。誰彼かまわず見せる趣味なんてないわよ 
当たり前でしょ?さっさとケータイ出して! 
こんなところ人に見られたら 
メジャーデビュー飾った後にゴシップ誌のネタにされるでしょ 
全裸写真なんてもっと最悪よ…出回ったら死んでほんとに化けてでるからね」 
「ああ、じゃあ…」 
ケータイ出して画像フォルダ画面にして渡す。 

相手の子は俯きながら 
「ほんとビビりだよね。 
ほとんどまともに写ってないし。 
すっごい心配してたけど馬鹿みたい」 
なんて一枚一枚確認しながら消していった。 
で、その手が止まった。 
「…これ、あたしだよね?」 
「え?」 
「これ…」 
例の撮影できてた薄茶けた人型の写真見せられた。頷いた。 
「このちょっと斜め後ろにいるのって、誰?」 
「え?」 
確かに、ぼんやりと輪郭が浮かび上がってる。 
今にもこの子に手を伸ばそうとしてるみたいなかんじ。 
たちまち膝が笑ってその場で意識が遠のいた。 

後期がはじまって、あの人との事も過去になっていった。 
かなり変わり者なのに、なぜだか俺はあの娘の事ばっかり考えていた。 
特にあの人の事を意識したのはラブレターもらって体育館裏に行った時。 
「好きな人いるから、悪い」 
向こうに口開かせる前におもっきし体倒して謝ってた。 

あれから、天気予報で明日が朝から雨と出れば体育館に急いで行ってた。 
けれど、あの人はやめようって言ったとおり来なかった。 
当たり前だよな。知ってる奴がいるんだ。盗撮されたら大変だし。 
いくら三流大学でも廃校決定しない程度には人いたからな。 
学部が違えばもう他所の世界で名前もしらなきゃ探しようもない。 
カフェテラスとかで粘ってても見かけないし。 
食堂で粘ってても相手が外で食べる派みたいで見かけない。 
段々恋煩いが酷くなってきてて、友人からも心配されるようになって。 
それで、一計を案じた。 

『体育館の天女さん。体育館の天女さん。 
ビビりさんがお呼びです 
いらっしゃいましたら至急図書館内においで下さい』 
名前も知らない意中の人を呼び出したいんだって放送部に頼み込んで学内放送してもらった。
図書館なら人が多いし、バレるような事しなけりゃ、来やすいかなって。 

来た!来たー!! 
三十分位粘って、それで駄目ならもう諦めようと決めてた時。 
図書館の中にあの娘が入ってきて、きょろきょろと辺りを見渡してた。 
俺は目配せだけおくってすぐに図書館を出た。気付いたみたいでついてきた。 
ゴミ臭くない遠回りな方を通って体育館裏に。 

「友達になってください!」 
「別にいいけど、天女さんって何」 
「え?ほんとに? よっしゃああ! いや、あれなら気付くかなとね」 
「一つ条件。下心透けて見えるような気がするんだけど。もしそうなら友達もダメ」 
「いや、ほんとに友達でいいんだ。 
全然会えない地獄よりは、友達として会える方が天国だ」 
「…大袈裟…でもないね」 
喜びが顔に出てる自覚はあった。 
それから、時折待ち合わせてカフェテラスで会ったりするようになった。 
別学部の後輩だったみたいでそれ以外では全然。 

「撮影、どう?」 
「シーン数の半分も終わってないよ。 
 来年のあっちの学生祭で公開のスケジュールだからね」 
「もう、練習はやらないの?」 
「あんなにビビってたのに現金」 
「やな所見られちゃってるよなあ」 
「こっちこそ。最初はもうほんと凄いびっくり。 
こっちがきゃーって叫ぶつもりが、なんか怯えに怯えて走り去るんだもん。 
もう怒りなんてそっちのけでおっかしくて声に出して笑いそうになったよ」 
「そういえば、人呼んできた時はどうしてたの」 
「皆連れていってくれたから。堂々と扉から出ていったよ」 
「道理でいないわけだ」 

幽霊だとかトンチンカンなこと言ってたことの舞台裏はこんなかんじ 
俺は結局証拠写真もだせないままビビリー○○ってかんじのあだ名がついた。 

天女さんとの付き合いは翌年にまで長続きした。 
取り立てて、これといった距離の縮まりとかはなし。 
俺は就活に失敗してたから。 
少しでも多く単位をとって、来年の就活に備えたいと親を説得して五年生。 
たまに天女さんの友達(女)の飲み会とかに誘われて行くような仲。 
前期が終わって部活のためにキャンパスに通う生活になってた頃。 
天女さんから電話があった。 
ベッドシーンの撮影日が近づいてきたから、そろそろちゃんと見られる練習したいと。 
マジ…マジ見ていいの?ほんとに?もうドキドキしてたなあ。 
「ビビりさん、信用できるしね」 
酔わせようともせず、酔っていても変な事をせず。 
家に送っても上がりこむようなこともせず。 
友達としてつきあってる間に信用されてたらしい。 

雨の日。五時半位に待ち合わせた。 
体育館裏の例の窓から中に入った。 
「凄く緊張するねー」 
なんていいながら用務員さんが鍵を開けるのを待った。 
用務員さんが中をさらっと確認するのをやり過ごし。 
そのあとで扉に鍵をかけた。 
天女さんは隅っこの方で脱ぐと色々と支度をしてからきた。 
カラーコンタクトいれたらしくて人間離れした綺麗さ。 
胸も大きめで結構張りがあって形が崩れきらなかった。 
俺はすごいドキドキしながら近づいていった。 
「どう?」 
「………」(言葉に出来ない) 
「顔…凄いよ」 
触れちゃ駄目だ。触れちゃ駄目だ。なんて連呼してたっけ。 
数分そんな状態してたら扉の外が騒がしくなった。 
天女さんは慌てて服を着て窓から逃げ出した。 
俺はうっかり扉に鍵かけちゃったことにしてごめんごめんて言いながら開けに行った。 

「ほんとに何もしなかったね。 
触りたい位は言うんじゃないかって」 
「約束は守るよ」 
「良い人をそこまで徹底して出来るって凄いよね」 
「え?」 
「抑圧酷いと病気になるよ? 
気持ちは口に出さないと 
言うだけなら気にしないのに」 
「そんなに…酷い?」 
「悪い気しないけどね。心配にはなるくらいに」 
天女さんが俺の手をとって手の甲にキスした。 
この手ぜってえええええええあらわねえええええええええ! 
って叫びたい衝動をどうにかこらえた。 
天女さんが笑ってた。 
「口に出せばいいのに」 
「じゃあ出す。当分あらわない」 
「じゃあ当分触りもしない」 
「洗うから、またキスしてくれる?」 
「やだ」 

そして撮影日が来た。 
俺は天女さんに誘われて撮影隊に合流した。 
三台くらいのレンタカーのバンに分かれて移動。 
さすが有名大の映画サークル。積み込み手伝ってる時みたら結構機材も充実してた。 
古めだったけど、うちの大学の講堂の裏にある手作りのやつよりはよっぽどまし。 
天女さんは口数少なかった。撮影前でどんどん緊張してたみたい。 
あっちの大学の人から、二人はどういう関係って聞かれて。友達と答えようとしたら。 
「恋人」 
天女さんが思いもよらない事を言って、ちょっとびっくりした。 

撮影場所は伊豆の別荘地外れのログハウス。 
この暑い中、ライダースーツ着てるゴツいのが、俺のオヤジのって自慢してた。 
俺は勝手もわからないままレフスタンド一つ任された。 
別荘の中では、天女さんがライダースーツに追い回されるシーンがいくつか取られた。 
台本もみてないしさっぱりだったんでどんな話かってきいたらサイコホラーとか。 
監督は学生監督として処女作品で入選までいったってやつで。 
とにかく演技へのダメ出しも半端なくて、短いからいいようなものの。 
同じシーン20回とか撮り直しかけたり。 
「ばっかやろう!走り回ったら汗ばむのあたりまえだろ。 
少しくらい化粧崩れたほうがリアリティあんだよリアリティ! 
化粧直し過ぎんなって何度いったらわかるんだよ!」 
みたいにもの凄い剣幕で怒鳴り散らす一幕もあった。 
すげえな、映画の世界。 
こういうやつがきっとクオリティ高い作品作って本職になるんだと思った。 
ベッドシーンっていう割りに、なんか荒っぽいシーンばっかりとってる。 
一日目の撮影が終わって、自由時間に外に出てたら天女さんが来て 
「ちょっと聞いてくれる…?」 
実は台本が差し替えられてベッドシーンよりもどぎついシーンになってたらしい。 
ヒロインの凄惨な過去がどうしても作品に必要だと言われて仕方なく承諾したんだとか。 
まだ納得はいってないけど撮影が佳境に来て出来栄えの手応えを皆実感してるから 
クオリティのためと言われると引き受けざるを得なかった。 
俺が呼ばれたのは心強い友達にいてほしかったから、だそうだ。 


翌日、俺はそのどぎついシーンに至る経過を見た。 
ついにつかまる天女さん、スタンガンを押し付けられる。 
そんなシーンを何度も撮り直してた。 
それから、天女さんを抱えてベッドまで運ぶシーン。 
で、そのシーン。 
苦しそうにしながらはねのけようとする天女さん。 
ライダースーツに怒鳴り散らす監督。 
「おい!もっと蹴り飛ばされろ馬鹿!」 
で、見本だっていって天女さんにもっと強く蹴り飛ばせと注文つけながら自分も蹴り飛ばされる。 
ベッドの上で一回転して、ひいてあった安全マットの上に落下する監督。 
皆が大丈夫かって心配してたら。 
「俺のことなんかどうでも良い。この作品には俺たちの就職がかかってるんだぞ! 
俺は監督になりたい!おまえらだってそれぞれの夢の為にやってるんだろ! 
キャストはもっとそういうとこしっかり理解して!演技に気合入れろ!」 
頭からおちて首を抑えながら立つ監督の迫力に俺は気圧されたよ。 
ああ、これが本当に物事に一心不乱に打ち込む姿なんだって。 
全員が、「はいっ!」って唱和してて、格好いいなんて思った。 
集団ノイローゼみたいなものだな。 


で、ベッドシーンに突入。 
三着しかない衣装を破くシーンは監督お決まりの演説からはじまって。 
二着目で「OK!おつかれっ!」 
段々俺は見ていられなくなった。 

で、どんどん深みに。 
ライダースーツのファスナーが下ろされて男が全裸になる。 
それも十回とかとりなおした。 
1度体にみずかけてから着こんでそれを脱いであたかも汗だくみたいなかんじまで徹底的にやってた。 
天女さんの悲鳴をなんども聞いてた。 
だんだん居た堪れなくなってきた。これって本当に天女さんの女優志望に役立つことなんかなって。 
けど、カットが入る度に天女さんも「はいっ!」て気合入れた声を出すから。外野の俺は何も言えなかった。 

その日は結局服を破かれるシーンとあれ直前のシーンだけで終わった。 
翌日は夕方までは自由行動。 
天女さんと一緒にいたら 
「夢ってほんと掴むの大変だよね」みたいな話からはじまって 
俺に夢はあるのかと聞かれた。 
無かったんだよな。特にやりたい仕事があるわけでもなく。 
なんか漠然とした大学生活過ごしてたから。 
でも、なんか触発されたというか、俺も演技の世界に入りたいなって思うようにはなってた。 
本気でずっと頑張ってきた人の前ではあまりに失礼だと思ったから、言わなかったけど。 


その次のシーンはシーツがかかった例のシーン。 
二人共肩口を露出した衣装を着ていて、カメラからはあたかも裸に見えなくもないってかんじ。 
これも何度も何度もとりなおし。監督は全然納得いってないみたいで喚いたり自分の髪引っぱったり。 
さらに翌日、また夕方から同じシーンの撮影。 
途中休憩入れてる時に天女さんに大丈夫?と声をかけたら。にっこり笑ってうん平気だと。 
結局その日もダメ。夜は逃げ出すシーンなんかを先にとっておこうってことで明け方近くまで撮影してから寝た。 

翌日夕方。 
明日の撮影終了の打ち上げの材料買い出しにいかないとって話が出て。 
カメラマンの人と俺とレフ板持ちの人二人の計四人で買い出しに出た。 
「すみませんね。恋人があんな役って嫌でしょう?」 
「いや、なんか凄い迫力ある撮影で…天女さんの演技も凄いし」 
「凄いですよね!彼女。あそこまで役作りしてくるなんて…プロ意識凄いです」 
「そんなにですか」 
「最初うちの大学の一昨年のミスコン優勝者とかに頼んだんですよ。 
ああいうのに出るのって芸能界狙いかアナウンサー狙いですから。 
けどOKしてくれたのが演技力が並程度の人ばっかりでね。 
監督がもう怒り狂っちゃって」 
「天女さんは?」 
「自分からですよ。うちの映研結構評価高いんで。 
他にもいくつか回ってどこからも欲しいって言われたそうです。 
うちのが一番台本が面白そうだからってうちに決めてくれたんですよ」 
「真剣味が違うわけだよね。スタッフロールに名前のるの楽しみ」 
「低予算で自主制作サイコホラーなんて滅多にないからな」 
「大抵とんちんかんなコメディ!」 
映画好き同士じゃないとわからない話になって俺は黙った。 


買い出しを終えて帰ったら、夜になってた。 
皆怒られるだろうなと思ってたらログハウスの今で監督とライダースーツが酒飲んでた。 
買い出し組全員でわけわからないでいたら、監督が撮影終わったっていうんだ。 
「え?」 
運転手してたカメラマンが凄いプライド傷ついたみたいで監督にからみはじめた。 
どういうことだよって詰め寄ったら監督が酒の勢いでかしらんけど。 
「凄いリアリティだったよ」 
カメラマンが絶句。レフ板持ちが青ざめた。 
「変な言いがかりつけんなよ。了解はちゃんととったからな」 
ライダースーツが言った。 

撮影部屋にいったら音響の女の子がシーツかぶった人に話しかけてた。 
天女さんだよ。他にいるわけない。 
俺の顔見た途端にバツが悪そうな顔になって出ていった。 
リアリティって言葉が途端に重くのしかかってきた。何を撮影したんだろう。 
「頑張ったな」って言って横に座った。 
リアリティってなんだろう。あの場面のリアリティって、ひょっとしてシーツ無しか。 
十分位だんまり決め込まれた。 
心の整理が必要なんだろうなって思って席を外そうとしたら袖を掴まれた。 
「どうしてもするんなら明日にしてって言ったの 
そしたら…明日良いなら今日でもいいだろって… 
されちゃった」 

ライダースーツは天女さんに撮影の最中に惚れていいよってたらしい。 
「恋人」って言ったのもそのためだったみたい 
明日っていうのがライダースーツを怒らせたみたいで暴行がはじまって。 
リアリティ重視の大馬鹿野郎は途中までは止めようとしてたらいしけど。 
天女さんはもうやめてくれないと諦めて。 
この辛さを無駄にしないようにって役に入ったそうだ。 
で、監督自らカメラとって撮影したんだとさ。 
壮絶なやり取りの中でこういう事実が判明して、 
映画はお蔵入り。 

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