山間部にフロードバイクツーリング

105 :本当にあった怖い名無し:2011/07/19(火) 21:35:30.32 ID:BbnkMxRy0
これは俺が2年前実際に体験したこと。 
大学時代の友人A・Tと3人でG県の山間部に1泊2日でフロードバイクツーリングに 
出かけたんだ。俺はまだ独身だが、他の2人は結婚して子供もいる。家庭もちで 
バイクに乗り続けるというのは家族がよっぽどでないとかなかなか難しく、 
今までに何度も誘っていたのだがなかなかスケジュールが合わず、気づいたらお互いもう 
40に手が届こうという年齢に。 
たまにメールをすれば「3人でまた走りたいな」なんてバイクの話題は出ていたが、 
このままでは「またいつか…」みたいな社交辞令で終わりそうだったので、 
今回は俺が強引に2人のスケジュールを合わせてやっと実現した旅だった。 

久しぶりに気心の知れた仲間とのツーリングという事もあって気分は最高だった。 
最近3人目の娘が生まれたAはこの日のために新調したウェアで自慢げに自分の 
よき父ぶりを話していたり、3人の中でも一番腕のいいエースライダーだったTは 
手入れを欠かさない自慢の愛車に久しぶりに火を入れる事ができご満悦な表情。 
俺はというと3人の中では一番バイク経験が浅く、いつも2人に強引に誘われて 
走っている時も2人に付いて行くだけで必死という感じだったが、今では俺が一番 
バイクに乗る時間が取れるというのは皮肉と言えば皮肉だった。 

お互い仕事を抱えた身だし、本格的に山へ入る事も久しぶりな事。 
そのため最初は「久しぶりのバイクだから」とか、「最近腰が痛いから無理はできないよ」なんて 
やけに年寄りじみた事を言い合っていた俺たちだったが、最後のコンビニを出発して 
段々と山に分け入り未舗装道路を小一時間ほど走破した頃にはバイクの勘も少しずつ戻り、 
3人でモトクロスレースに参戦していた時の興奮や思い出に包まれ知らず知らず 
アクセルを開ける手にも力が入っていった。 

その時走っていたG県とN県の県境を走る林道は日頃の仕事や些細なストレスを完全に 
忘れさせるだけの迫力と魅力があり、初秋の晴天にも恵まれた俺たちは、 
時間を忘れて枝分かれする何本もの大小の林道を夢中で散策していた。 
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、まもなく日没の気配。 
20歳代の頻繁にツーリングに出かけていた頃だったら慌てないように 
早めにテントの設営地点を探して日が傾いた時にはテントサイドで 
酒を飲みながら夕食作りに取り掛かっている頃だが、今回はやっと互いの仕事や 
家庭の事情を調整したツーリング… 
そんな事情もあってか他の2人も時間が惜しく、なかなかスロットルを戻す気にはなれなかった。 

地図で確かめてはいないのでハッキリとした場所はわからないが、標高や周りの山並みから想像するに 
わずかにN県に入ったあたりと思われる場所に差し掛かった時には、西の空は 
残照を残すのみとなり辺りは暗くなり始めていた。 
こうなると路肩の視界も急速に曖昧になる。折り合い悪く路面も 
ガレ始めた(路面が土ではなく拳大の石で覆われた路面の事)ため、 
ライディングテクニックが未熟な俺は軽い恐怖を感じていた。 
しかし強引に2人を誘った立場もあり、さすがに俺から泣き言を言い出すのも 
憚れたが実はこのとき他の2人も切り上げるタイミングを見計らっていたらしく、 
程なく先頭を走っていたエースライダーのTがクラクションを3回鳴らして 
停止の合図を出したときは正直ホッとしたのを覚えている。 

懐中電灯で地図を確認するとメインルートと山頂に向かって延びるピストン林道
(道が途中で無くなっており入ったら戻らなければならない林道) 
の入り口と思われる分岐場所だった。ここで場所が曖昧なのは辺りの地形が薄暗くてわかり辛くなっていたのと、 
ピストン林道らしい細い筋があるのだが地図には載っておらず、似たような地形だと多分ここだろうという位にしか 
判らなかったからだ。メインルートは谷間に向かう下り道でまだまだこの先ガレ場が続きそうな雰囲気、 
一方のピストン林道はゆるやかに山頂に向かう登り路だが土と小石の締まった路面に変わっており 
地図には載っていないが滝の様なサラサラという水音も幽かにしていた。 

下りのガレ場はフロントタイアを取られたら即転倒につながるため神経を使うし、路肩が曖昧になっている 
ガードレール無しの下りをタラタラ走るよりは少し登っても締まった路面を安全に走り、 
開けた場所があればすぐテントを設営する方が安全だろうというのが3人の共通意見だった。 
またよく見るとこの分岐点には小さな石柱が建っており地図には載っていないが昔は人の往来があった路かもしれない、 
たまに山中にある夏の降雨がある時だけできる小さな沢があるかもしれない。そうこう考えている間にも辺りはどんどん 
夕闇に包まれておりもはや地図は役には立たない。 
薄暗くなった山の中でバイクのヘッドライトだけを頼りに俺たちは登りのピストン林道に入っていった。

この時俺は少し違和感みたいなものを感じていた。視界がやたら霞む感じがするからだ。 
古いゴーグルを使っていると表面に細かい傷が付いて、ナイトランの時によく霞む事はあるが、 
今感じているのはそれとは少し異質な感じがしていた。 
妙に周りの景色が判りづらい感じと言ったらいいのだろうか。 
暗くなっていたので当たり前だと思われるかもしれないが本当に真っ暗だとヘッドライトに映し出される景色は 
スポットライトの様に陰影が強調されてむしろクッキリと見える事が多いのだがここは違った。 
また止まって確認していないのでなんとも言えないが辺りに生えている木々の植性も 
微妙に違っている様だった。 

今まであったのは常緑の針葉樹だったのに比べてこの林道に入った途端に落葉種 
の広葉樹に変化していたからだ。路面に落ちている落葉も先ほどのメインルートと比較すると 
広葉になっており、少しきついコーナーになると葉っぱに乗るのかリアタイアが滑る様な挙動 
を感じる。後で話し合ったところ、不思議な事に3人が3人ともこの林道に入った時に少し 
違和感を感じていたらしい。少なからず感じる違和感の中を慎重に走っていたこの時に、 
俺たち3人にアクシデントが2つ発生した。 

先頭を走っていたTが何でもない右コーナーの入り口で転倒をしたのだ。 
3人の中で一番ライディングテクニックに秀でているTが転倒するのは非常に珍しい事だった。 
常に先頭を走るTはレースではなく後ろに仲間がいるツーリングの時は絶対に無理はしない、 
後続を巻き込む様な転倒を先頭のライダーは起こしてはいけないと常々言っていたそのTが 
平凡なコーナーに差し掛かった途端に転倒したのだ。 

これは珍しいアクシデントだが、ここで後続していたAにもアクシデントが発生した。 
ヘッドライトが突然消えたのだ。舗装路を走るマシンにはあまり起こらないが未舗装 
のダートを走るオフロードマシンは振動が激しいため、時々ヘッドライトの線が切れたり 
ソケットの接触不良が起きてライトが消える事がある。 
転倒とヘッドライト消滅・この2つがほぼ同時に発生したのだ。 

先頭を走っていたTは「何が起きたのか全く判らなかった、絶対に枯葉に乗ってコケたんじゃない。 
まるでオイル面に乗った様にというか…とにかく何の衝撃もなくやられた、 
気が付いた時は転倒アングルでもう立て直す事は諦めたよ。 
綺麗にこける事ができただけでもラッキーだ。旅先で怪我しちゃったら面倒だからな。 
それにしても…」と納得できかねる表情で転倒したバイクを起こした。 

ヘッドライトと左右のバックミラーが割れており、バックミラーステーが 
あらぬ方向を向いている他はバイクにもライダーにも大きなダメージが無かったのは 
Tの言うように不幸中の幸いではあった。 

リアタイアが滑る事はオフロードを走っている時はよくあるのだが、 
ライダーに怪我は無いのにヘッドライトと両側のバックミラーまで割れるというのは 
レアな現象だと言えた。それにヘッドライトが割れたのは以降の夜間自走をかなり 
制限される事を意味していた。 

そして後続のAはというとヘッドライトが消えて突然前が真っ暗になった事から 
最初は自分が転倒したのかと思ったらしい。 

ハンドルに衝撃を感じてTが消えたのがほぼ同時だったからだ。 
何とかパニックブレーキでフロントタイアがロックする寸前で停車に成功したので 
もらいゴケをせずに済んだと笑って話していたが、消えたヘッドライトを懐中電灯で 
確認したAの表情はにわかに硬くなった。 
Tが巻き上げた飛び石でヘッドライトが割れたと思っていたAだったが、ヘッドライトの 
カバー自体には異常がないのに中の電球だけが粉々に砕けていたからだ。 

走行中の振動でソケットが緩み、電球が中で踊ったために割れたのだろうとAは結論づけたが、 
これまた不可解なアクシデントに首を捻っていた。 

3台中2台のバイクのヘッドライトが切れた状態でこのまま走るのはさらに 
危険が増すため俺たちはここら辺でテントを設営できる場所を探して 
そこに泊まろうという事になった。 

この場合で一番戦闘能力が高いのはTだがヘッドライトが壊れていて自走できないし、 
俺のバイクを貸しても良かったが転倒したばかりで無理はさせられない。 

同様にAのバイクもヘッドライトが点かないため自走はできない。 
よって斥候は必然的に一番未熟な俺が行く事になった。 
腕に自信がないためもうすっかり暗くなった夕闇の単独林道走行に不安を 
感じずにはいられない。それにこの林道はただでさえ違和感を感じているのも 
その不安に拍車をかけていた。 

突然植性の違うエリアというだけでなく、何とも表現できない違和感。 
沢の音は林道の入り口と比べるとやや大きくなった印象を受けるが 
まだ滝は姿を見せない。 

相変わらず辺りは妙に霞むような雰囲気…そんな中俺は一人テントを設営できる 
スペースを求めて荷物を二人に預けてバイクで走り出した。 

この後俺はこの二人とはまた違う現象に見舞われる事となる。 

都合の良い場所に出る事ができたら良いのだが、あまり遠くなる様なら諦めて 
戻り、転倒現場で気分が悪いがテントを張ろうと思って出発したが、コーナーを 
3つ4つ曲がったところで突然周囲の山肌が迫ってきたかと思うと林道はそこで 
途絶えており、木々が開けた広場の様な場所に出る事ができた。 

当初の予想通り林道は突き当たりで袋小路になっているが、そのドンつきが 
5メートル程の落差がある小さな滝になっており、小さな滝つぼといったら大げさだが 
水溜りのようになっている所がある。 

その滝つぼの脇に過去は鮮やかな朱色で彩られていたのであろう小さな祠のような 
木製の建立物があり、滝つぼを放射状に囲む様に周囲が約15メートルほどの広場が 
広がっていた。 

水辺だというのに周囲の広場は固く締まった土と草で覆われている事もあり、 
そこはまるで昔話に出てくる様な奇跡のような場所だった。 

流れ出た水は小さな短い沢を作り、林道の脇に流れ落ちているがその先の水面 
は見えない。 
ひょっとすると岩の間に流れ込み伏水流となってメインの林道の辺りまで 
流れているのではと想像もできた。 
こんなにすばらしい場所が開けているのになぜ地図に載っていなかったのだろうと 
疑問に思ったりもしたが、おそらくは地図の読み間違いだろうとそのときは納得した。 

ヘルメット越しに名前もわからない秋の虫たちが短い生を盛大に謳歌している。 
格好のテント設営地が見つかった事で俺は気分がよくなり、さらに 
木々の植性の違いもこの水流が関係しているのではないかと思えてきた事もあって、 
先ほどから感じる違和感や不安もやや和らいでいだ。 

これは早速戻って二人に教えてやらねばと思い、広場の出口である今来た林道の 
方向に車体を方向転換してアクセルを開けようとした。 

ヘッドライトが映し出した周囲から切り取られた景色の中、来たときには 
気づかなかったが鮮やかな朱色に塗り上げられた鳥居が居立しているのに 
初めて気がついた。 
あれっ、あんなものがあったっけな?と思ったその時だった。 

規則的にアイドリングしていたバイクのエンジンが突然不規則になったかと思った 
次の瞬間に止まってしまったのだ。 
一瞬何が起きたのかが判らず思考停止状態になってしまった。 
そして猛烈な不安感に襲われた。 

周囲は月明かりもなく真っ暗。 
聞こえるのは滝を流れ落ちる水の音と虫の声そしてヘルメットの中で妙に大きく 
聞こえる自分の呼吸音だけ。 
エンストしただけならばヘッドライトは点燈したままになるはずなのだが、 
この時は違った。ヘッドライトはおろか計器類のバックライトもことごとく 
消えてしまっていた。 

周りが真っ暗になった怖さと自分の呼吸音の大きさでパニックになりそうだったが 
現実的な思考にフォーカスをあてて必死に原因を考える事で何とかパニックを 
回避する事に集中した。 
全てブラックアウトしたことから最初はイグニッションキーを間違えてOFFに 
回してしまったのかと思ったがキーはONになったまま動いていない。 

次に考えられる事はガス欠だが、たとえ未舗装の林道はアスファルトと比べて 
燃費は落ちるとはいえ走行距離からガス欠は少々考えづらい。 
車体サイドにあるガソリンコックがブーツに当たって閉じられる事も考えられたが 
コックは通常の位置でOFFにはなっていない。 

突然エンジンが停止してヘッドライトを含む計器類のバックライトまでもが 
消えた事からしてあと考えられることはヒューズなどの電装トラブルだが、 
沢渡りや雨などで車体が濡れた訳でもない事から電装トラブルも可能性は低い。

全ての可能性を頭の中でシュミレートしてみた結果は原因不明… 
ここでまた先ほどからの違和感が再び襲い掛かってきた。 
ここは何かがおかしい! 

この時視界を制限して呼吸音を強調させるヘルメットがとてもわずらわしく 
感じた俺はヘルメットを脱ぎ、バイクから降りて打開策を考えようとした。 
バイク用グローブを外すのももどかしくあご紐を外し、やっとの事で 
ヘルメットを脱ぎ、バックミラーにヘルメットを掛けようとしたとき、 
先ほどまでヘルメットをかぶっていた時でさえ聞こえていた滝の音がすっと 
遠ざかり、それに呼応するかの様に秋の虫の声も急速に途絶えていった。 

何か濃密な空間が突然バイクの周りに発生したような…それとも逆に俺が 
入り込んでしまったかの様な感覚。聞こえるのは自分の呼吸音のみになった… 

夕闇の中、突然訪れた息苦しいほどの静寂。 
この時間は一瞬だったのかもう少し時間が経ったかは判らない。 
とにかく心が押しつぶされそうになったその時、 
それが起きた… 

ギシッ… 

突然背中の産毛が総毛立ち、バイクのリアサスペンションが大きく沈んだ。 
まるで誰かが後ろに跨ったか乗ったかの様にバイクがリア側に傾いだのだ。 

人智を超えた何かが俺の背後で起きていると本能が直感した。ハンドルで 
車体を支えないと横に倒れてしまいそうになる。 

しかし、もう恐怖で動けなかった。 
背中の鳥肌が全身に回る。何かの呪縛にあったかの様にヘルメットを 
掛けようとした姿勢から体を動かす事ができない。いや、振り向いた途端に 
何かの均衡が壊れてしまいそうな恐怖に身がすくんでしまっていたのかもしれない。 
ただできる事といえば必死に両脚で車体を支えるのみ。 

背中は相変わらず総毛立ち、悪寒すら覚えるのに額からは脂汗が滝のように 
落ちてくる。 
車体は依然としてリアに重量物を積んだように傾いでいる。 
その時本能的に、いや意図的に視線を外していたが… 

耐えられなくなり、俺はヘルメットを掛けようとしていた 
右のバックミラーの中を…後ろを見てしまった… 

口腔内で短く発せられた悲鳴。 
意思とは裏腹に凝視してしまう。 
黒く切り取られた空間。 
鏡に映った左右逆の世界。 
そこに映し出されていたのは 
無数の鬼火だった。 

幽玄に漂う大小無数の鬼火がバックミラーに映る視界一杯に浮かんでいた。 
普通なら真っ暗闇で見えるはずはない、しかし鏡に映し出された空間には 
滝つぼを中心としてその側にある祠が先ほどとは違い鮮やかな朱色で 
はっきり映し出されていた。 
そこは暗闇のなかを鬼火が照らし出した先ほど見た広場だった。 

都合の良い場所に出る事ができたら良いのだが、あまり遠くなる様なら諦めて 
戻り、転倒現場で気分が悪いがテントを張ろうと思って出発したが、コーナーを 
3つ4つ曲がったところで突然周囲の山肌が迫ってきたかと思うと林道はそこで 
途絶えており、木々が開けた広場の様な場所に出る事ができた。 

当初の予想通り林道は突き当たりで袋小路になっているが、そのドンつきが 
5メートル程の落差がある小さな滝になっており、小さな滝つぼといったら大げさだが 
水溜りのようになっている所がある。 

その滝つぼの脇に過去は鮮やかな朱色で彩られていたのであろう小さな祠のような 
木製の建立物があり、滝つぼを放射状に囲む様に周囲が約15メートルほどの広場が 
広がっていた。 

水辺だというのに周囲の広場は固く締まった土と草で覆われている事もあり、 
そこはまるで昔話に出てくる様な奇跡のような場所だった。 

流れ出た水は小さな短い沢を作り、林道の脇に流れ落ちているがその先の水面 
は見えない。 
ひょっとすると岩の間に流れ込み伏水流となってメインの林道の辺りまで 
流れているのではと想像もできた。 
こんなにすばらしい場所が開けているのになぜ地図に載っていなかったのだろうと 
疑問に思ったりもしたが、おそらくは地図の読み間違いだろうとそのときは納得した。 

ヘルメット越しに名前もわからない秋の虫たちが短い生を盛大に謳歌している。 
格好のテント設営地が見つかった事で俺は気分がよくなり、さらに 
木々の植性の違いもこの水流が関係しているのではないかと思えてきた事もあって、 
先ほどから感じる違和感や不安もやや和らいでいだ。 

これは早速戻って二人に教えてやらねばと思い、広場の出口である今来た林道の 
方向に車体を方向転換してアクセルを開けようとした。 

ヘッドライトが映し出した周囲から切り取られた景色の中、来たときには 
気づかなかったが鮮やかな朱色に塗り上げられた鳥居が居立しているのに 
初めて気がついた。 
あれっ、あんなものがあったっけな?と思ったその時だった。 

規則的にアイドリングしていたバイクのエンジンが突然不規則になったかと思った 
次の瞬間に止まってしまったのだ。 
一瞬何が起きたのかが判らず思考停止状態になってしまった。 
そして猛烈な不安感に襲われた。 

周囲は月明かりもなく真っ暗。 
聞こえるのは滝を流れ落ちる水の音と虫の声そしてヘルメットの中で妙に大きく 
聞こえる自分の呼吸音だけ。 
エンストしただけならばヘッドライトは点燈したままになるはずなのだが、 
この時は違った。ヘッドライトはおろか計器類のバックライトもことごとく 
消えてしまっていた。 

周りが真っ暗になった怖さと自分の呼吸音の大きさでパニックになりそうだったが 
現実的な思考にフォーカスをあてて必死に原因を考える事で何とかパニックを 
回避する事に集中した。 
全てブラックアウトしたことから最初はイグニッションキーを間違えてOFFに 
回してしまったのかと思ったがキーはONになったまま動いていない。 

次に考えられる事はガス欠だが、たとえ未舗装の林道はアスファルトと比べて 
燃費は落ちるとはいえ走行距離からガス欠は少々考えづらい。 
車体サイドにあるガソリンコックがブーツに当たって閉じられる事も考えられたが 
コックは通常の位置でOFFにはなっていない。 

突然エンジンが停止してヘッドライトを含む計器類のバックライトまでもが 
消えた事からしてあと考えられることはヒューズなどの電装トラブルだが、 
沢渡りや雨などで車体が濡れた訳でもない事から電装トラブルも可能性は低い。

全ての可能性を頭の中でシュミレートしてみた結果は原因不明… 
ここでまた先ほどからの違和感が再び襲い掛かってきた。 
ここは何かがおかしい! 

この時視界を制限して呼吸音を強調させるヘルメットがとてもわずらわしく 
感じた俺はヘルメットを脱ぎ、バイクから降りて打開策を考えようとした。 
バイク用グローブを外すのももどかしくあご紐を外し、やっとの事で 
ヘルメットを脱ぎ、バックミラーにヘルメットを掛けようとしたとき、 
先ほどまでヘルメットをかぶっていた時でさえ聞こえていた滝の音がすっと 
遠ざかり、それに呼応するかの様に秋の虫の声も急速に途絶えていった。 

何か濃密な空間が突然バイクの周りに発生したような…それとも逆に俺が 
入り込んでしまったかの様な感覚。聞こえるのは自分の呼吸音のみになった… 

夕闇の中、突然訪れた息苦しいほどの静寂。 
この時間は一瞬だったのかもう少し時間が経ったかは判らない。 
とにかく心が押しつぶされそうになったその時、 
それが起きた… 

ギシッ… 

突然背中の産毛が総毛立ち、バイクのリアサスペンションが大きく沈んだ。 
まるで誰かが後ろに跨ったか乗ったかの様にバイクがリア側に傾いだのだ。 

人智を超えた何かが俺の背後で起きていると本能が直感した。ハンドルで 
車体を支えないと横に倒れてしまいそうになる。 

しかし、もう恐怖で動けなかった。 
背中の鳥肌が全身に回る。何かの呪縛にあったかの様にヘルメットを 
掛けようとした姿勢から体を動かす事ができない。いや、振り向いた途端に 
何かの均衡が壊れてしまいそうな恐怖に身がすくんでしまっていたのかもしれない。 
ただできる事といえば必死に両脚で車体を支えるのみ。 

背中は相変わらず総毛立ち、悪寒すら覚えるのに額からは脂汗が滝のように 
落ちてくる。 
車体は依然としてリアに重量物を積んだように傾いでいる。 
その時本能的に、いや意図的に視線を外していたが… 

耐えられなくなり、俺はヘルメットを掛けようとしていた 
右のバックミラーの中を…後ろを見てしまった… 

口腔内で短く発せられた悲鳴。 
意思とは裏腹に凝視してしまう。 
黒く切り取られた空間。 
鏡に映った左右逆の世界。 
そこに映し出されていたのは 
無数の鬼火だった。 

幽玄に漂う大小無数の鬼火がバックミラーに映る視界一杯に浮かんでいた。 
普通なら真っ暗闇で見えるはずはない、しかし鏡に映し出された空間には 
滝つぼを中心としてその側にある祠が先ほどとは違い鮮やかな朱色で 
はっきり映し出されていた。 
そこは暗闇のなかを鬼火が照らし出した先ほど見た広場だった。 

まさに息を呑む情景に心を奪われた俺は完全に自失していた。 
そして息苦しいほどの静寂に支配されていたこの空間に… 
さっきまで途絶えていた虫の声に代わりにいつの間にか聞こえてきたのは 
静かな鈴の音色だった。 

遠くから近くから距離感が曖昧になっているが確かに鈴の音が聞こえる。 
それにかぶさる様に性別は判らないが低く一定の音程で祝詞のような声も聞こえている。 

言葉の意味はわからないが不思議と聞いている者の魂をひきつける様な 
一種の波動のような物を感じる声だった。それが空間から耳へ、大地から両脚へ 
直接伝わってくるような感覚だった。厳かな、そして秘めやかな祝詞に耳を傾けていると 
段々と言葉の意味が直接頭の中に響いてきた。 

断片的だが俺が聞き取れた内容はこうだった。 

「彼(か)の地を乱すな…彼の地を清めよ…彼の地を鎮めよ…」 
後は鈴の音が響いてよく聞き取れなかったが祝詞の内容から 
この地に祭られている何かを鎮めるための鎮魂の唱の様に感じた。 

それは決して不快な音色ではなく、深く体に心に染む込む様な 
音色だったとうっすらとではあるがではあるが記憶している。

この間どれだけの時間が経過したのかは判らない、しかし不思議に響く鈴の音色は 
恐怖の呪縛から俺を少しだけ開放した。 
固まった視界が少しだけ動かせる様になった俺はじっとしているのが耐えられなくなり、 
凝視していた右のバックミラーから左のバックミラーにゆっくりと視線だけを移した。 
この時二度目の衝撃が俺を襲う事になる。 
ギシッ 

さっきまで掛かっていた重量物がまるですっと退いた様にリアのサスペンションが 
元の位置まで戻り、傾いでいたバイクの前後サスペンションが普段のクリアランスに 
戻った。 
しかし背中の粟立つ感覚はまだ静まらない、意識的に動かせられるのは左右に 
ほんの少し視線を振る程度。 
全身は瘧のように細かく震えるだけで依然として見えない背後から放たれる気のようなものが 
それ以上の俺の行動を許さなかった。 

バイクを放り出して逃げ出したい衝動と、振り返ってその「何か」の正体を見てみたい好奇心という 
相反する二つの思いに苛まれて俺は激しい眩暈を感じ始めていた。 

意思に反して体が左右にふらつく。 
このままではバイクもろとも倒れてしまうのではないかと思った俺は 
一度強くまぶたを閉じて眩暈が治まるのを待った。 

と、その瞬間、背中の粟立つ感覚が少し薄らぎ、それと同時に両腕の感覚が 
じわりと戻ってきた! 
たまらず俺は持っていたヘルメットをそのまま地面に落とし、反射的に両手で 
ハンドルを強く握った。 
タイミングは微妙なところだったが大きく左に傾き出していた車体は寸でのところで 
バランスを取り戻し、俺は辛くも転倒を免れる事ができた。 

この時大きく左にハンドルが振られたため、左のバックミラーは後ろの背景から 
大きく逸れて俺の腹の辺りを映しており、右のミラーに至っては真横を 
向いてしまい、鏡面すら見えなくなってしまっていた。 
全く後ろ側が見えなくなった格好になる。 

ふら付く両脚で何とか踏ん張り、俺はハンドルをまっすぐになるように戻すと、 
ハンドルから手を離して急いで右バックミラーの位置を調整した。 

未だふらつく両脚のまま上半身を捻って直接後ろ側を見るよりは、 
バックミラーを後方に向けた方が安全にすばやく後ろ側を見ることができると 
判断したからだ。 

ちょうど俺の真後ろ、滝つぼ辺りにミラーを調節したとき、幽かに揺らめく 
鬼火の、ほの暗い光の中に幽かではあるがそれが一瞬見えた… 

先ほどまで俺の背後を支配していた「何か」の姿、 
周囲の鬼火にゆらめくように淡く映し出されたその姿… 

以外な物が映し出されたバックミラーを凝視し、俺は呼吸も忘れて呆然としてしまった。 

最初に映し出されていたものは神楽師のような衣装の袴のようなものだった。 
しかし足袋のあたりはゆらゆらと揺らぐ鬼火の加減でうまく見る事ができない。 

少し上に鏡面を向けようとしたがバックミラーは細かい角度調整が難しく、 
裃のような衣装が見えたかと思った瞬間カクっと上方向に動きすぎて夜空を映し出してしまった。 

微調整できないもどかしさを感じながら焦る気持ちを抑えつつ、もう少し下へ 
鏡面を動かした時、ようやく俺はそれをうまく鏡の中に捉える事ができた。 

少しうつむいた様に視線を地面に向けた、暗い洞の様な、どこまでも暗く 
生気を感じさせない両の眼。 
眉は細く、表情の一切を封じ込めたかの様な白い頬。 
額には深い皺が刻み込まれており、眼とは裏腹に唯一表情の様なものを表している 
僅かに吊り上った口元が、言いようの無い違和感を覚えさせる。 

俺が今見たこの特徴のすべてを持つもの。それを俺はひとつしか知らなかった… 

それはまさしく翁の能面。 
翁面を着けた小柄な老人のように見えた。 

視線が捕らえたものを頭が認識し、それを理解するのにこれだけ労力を 
使わなければならないのは不思議であった。 
なぜここにこんな老人が… 

その時、ため息とも嘆息ともつかない息が俺の口から吐き出された。 
その刹那、それまでやや地面の方向の、おそらく俺が落としたヘルメットの辺りを 
凝視していたであろうその翁の面をつけたものが、何の前触れも無く 
鏡の中の俺に向き直った。 

それと眼が合ったような気がした。 
深く暗いその眼窩から放たれる圧力は暗く虚ろだからこそ 
ひたすら圧倒的で凄まじかった。 

この次の瞬間、この日一番の大きな衝撃が俺の体を文字通り貫いていた。 

バシッ 

大きな音を立てて割れたのは俺の頭でもなく眼球でもなく、 
翁面を映し出していた鏡・右バックミラーだった。 

バイクのバックミラーは安全上ガラスではなくプラスティックでできており、 
相当派手に転倒でもしない限り割れることはまずない。 
そのプラスティックのミラーが下半分を残して大きく抉られたかの様にして 
割れてしまっていた。 

そしてこの衝撃に俺は明確な意思を感じる事ができた。 

それは怒り… 
圧倒的な圧力には憤怒の波動が込められていた。 
それがバックミラーに触れる事もなく上半分を抉るように破壊したと知れた。 

ひょっとして先ほど林道でTが感じた不可解な転倒の原因も?… 
Aがヘッドライトに受けた衝撃も?… 

もう指一本動かす事もできなかった。 
その時の俺の心の中は人智を超えたものに対する畏怖の念で塗り固められており、 
この後俺はどうすればいいのかさえ判らなくなってしまっていた。 

憤怒の呪縛に絡め取られた俺は、割れたバックミラーを呆然と眺めるしかできない。 
すると割れて下半分だけになったバックミラーに先ほどの翁面を着けた 
小柄な老人を思わせるものがゆっくりと横切るのが 
妙に歪んだ鏡像の中に見て取れた。 

そしてそれはゆっくりと俺とバイクから離れて行き、凛とした清らかな鈴の音を残して 
滝つぼの中へと消えて行った。 

幻を見ていたかのように茫然自失している自分をようやく自覚したとき… 
それが滝つぼに消えていった事がきっかけだったかの様に急に周囲の音が戻ってきた。 
滝を流れる水の音・秋の虫たちの声・バイクのエンジンは止まったままだったが、 
いつの間にか点灯していたヘッドライトが眩しすぎるほどに周囲を照らし出していた。 

計器類のバックライトも正常に点燈している。全てが夢幻だったのかとも思えたが、 
紛れもない現実である事を割れた右のバックミラーは雄弁に物語っていた。 

「一体なにが起きたんだ?」現状を冷静に受け止めようとするあまり、俺は思わず 
声に出してこう言ってみた。 

ふたたびあの鈴の音と静かな祝詞が幽かに頭の中に響く… 
「彼の地を乱すな…彼の地を清めよ…か…を…鎮めよ…」 

その時、初めて俺は悟った気持ちになった。 
たぶん人間が入り込んではいけない聖域のような場所に… 
不浄の者は立ち入る事が許されない幽玄の神楽に… 

秋の夕暮れが作り出した「逢う魔ヶ時」の不思議な力が 
俺を禁断の場所へ入り込ませてしまったんだという事を。 

しかし、とうとう幽かな鈴の音を最後にその祝詞も 
遠く霞んで聞こえなくなってしまった。 

この時ばかりは頼もしいはずのヘッドライトがやけ強すぎる様に感じた。 
俺はごく自然にバイクのメインスィッチをOFFに回し、サイドスタンドで 
バイクを立てると姿勢を正して滝に向かって一礼をした。 
「ここが私より上位の方達の土地であるという事を、知らずとはいえ 
不浄の者なる私が不用意に立ち入った事をお許しください」と心の中で唱えた。 

その時幽かに鈴の音が聞こえた様な気がしたがあまりにも幽かだったため 
本当に聞こえたかは自信がない。 
が、ここは不浄の者が立ち入る事が許されざる土地であるという 
事はなんとなく感じたので、すぐにエンジンはかけずに 
ヘッドライトだけを点灯させた状態に戻すと 
バイクを押して広場から出て行った。 

広場の入り口には鳥居の様な、薄くくすんだ朱色の木造物が 
半壊した状態で朽ち果てていた。 
そこにも小さな石柱が建っており、側によって確認してみると 
「……先…(読解不能)泉…ず…境」とだけ読めた。 

多分ここから奥は遠い神代の昔から何かしらの聖域になっており、 
それを知る誰かがかなりの昔、それも石柱の表面が風雨で侵食され、 
刻まれた碑文が判別できない位の昔に建てたのだと思う。 

それから十分に広場から離れた事を確認し、バイクのエンジンをかけてゆっくりと… 
本当にゆっくりと下の方、TとAが待つ転倒地点まで降りていった。 

林道の途中、コーナーを曲がる度に「ひとつの宮」・「ふたつの宮」・「みつの宮」・「よつの宮」と読める石柱が 
等間隔で建っていた。 

夢から覚めたような、まだ夢の中にまどろんでいるかの様な有様だったが、 
ハンドルだけはしっかり握り、必ず2人の許に戻るんだと心強く思いながら俺は坂を下っていった。 


暗闇のなかヘッドライトを頼りに林道を進んでいると 
遠くから懐中電灯の光と懐かしい声が聞こえてきた。 

「おーい!○○(俺の名前)、そこにいるのか!大丈夫か!」という声が聞こえる。 

視線を向けると転倒現場である下の方からTとAが走ってこちらに来ているのが見えた。 
ふと気づくとそこにも石柱があり、そこにあった石柱には「うつつの宮」と書いてあった。 

今考えると2人が近づいて来るのが見えた辺りからあの広場にあった独特の 
雰囲気はわずかに薄らいでいた様な気がする。 
後でわかった事だが、「うつつ」とは「現」のようで、実際にある事・正気といった 
意味があるらしい。 

この辺りから少し違和感が薄らいだ気もするが、今となっては判らないというのが正直なところだ。 

俺は走ってこちらに来る二人にゆっくりとバイクにまたがったまま近づいて行った。 

先ほどと違いボーっとしているを見取ったTが「大丈夫か?さっきからこの林道は 
おかしな気配を感じてたんだけど… 
俺の気のせいかもしれんがお前も判るか?… 

お前が走り出してしばらくしたら、山間に響いていたエンジン音が 
聞こえなくなっちまって…もしかして転落でもしたのかって心配になったんだ。 
あんまりにも遅いから心配になって様子を見に来たんだが何かあったのか?」 
と俺の肩に手を置きながらそう話しかけてきた。 

「あぁ、それが…うーん、俺もなんだか自信が無いんだが…実は…」と 
言いかけた時、「おい○○、ミラーが割れてるんじゃないか。 
スッ転んで気でも失ってたんだろ?。それにお前一人で沢渡りでもしたみたいに 
バイクがびしょ濡れじゃないか!その背中も何か濡れた荷物でも背負ってたみたいに 
染みができてるぞ!?」 
と懐中電灯を背中に向けたAが素っ頓狂な声を上げてこう言った。 

言われて気がついたのだが、その時俺のバイクのシートと着ていたジャケットの 
背中一面はベタベタに濡れていて、まるで沢に入り込んで 
背中から水を被ったみたいになっていたそうだ。

察しの良いTから「お前も何かトラぶったみたいだしこの暗さだ、とりあえず 
この先は行かない方が良いみたいだな。それにお前(A)もライトがやられているから 
これでコケられでもしたらもっと面倒だ、それに何だかこの山は変な空気というか 
雰囲気が気になるんだ。 
癪だけど今日のところはあそこで一泊して明日また明るくなってから散策しようや」 
という提案が出た。 

転倒を予言されたAはあまり面白い気分にはならなかった様だが、俺がかなり 
疲弊している事を感じてくれたのか黙ってTに従ってくれた。 

俺も正直またあそこに戻るのは怖いというか複雑な気分だったので 
Tの提案が有難かったのは言うまでもなかった。 

この後の俺の朝までの記憶は曖昧としか言えない。 
転倒場所に程近い場所に2人が気を回して俺のテントも設営されていた。 
俺はそこに潜り込むと飯も食べずにすぐに寝てしまったらしい。 
その夜遅くまで起きて酒を飲んでいたというTとAは、時折山の中に 
シャリン…という鈴のような音がしたり、鼓のような音がしたと 
口をそろえて話していたが、俺はまるで泥のように翌朝まで眠っていたため、 
何も感じはしなかった。 

翌日明るくなってから、Aたっての希望でピストン林道最奥部まで 
単独トライに出かけて行った。 

Aが出発したのを見送って、俺は昨日の転倒で右手を痛め、俺同様に留守番を 
買って出たTに昨夜の事をわかる範囲で話そうとしたのだが、 
自分でもなぜか判らないが話すのは止めてしまった。 

昨夜の単独走行を俺は5分~10分程度に感じていたが、Tによると実際は 
小1時間ほど経っていたらしい。 
この間の全てを俺は不自然にならない程度で真実は伏せる形でTに話す事にした。 

恐る恐る進んで行ったから余計な時間が掛かってしまった。 
バイクと背中の水は途中の水溜りに気が付かないでもろに突っ込んだからこうなった。 
バックミラーはぬかるんだ地面にバイクを立てて立小便していたら 
スタンドがめり込んで割れてしまった 
とこんな感じで話しておいた。 

バイクの横に座り込み、最後まで黙って俺の話を聞いていたTは 
「そうか、大変だったな。一人で行かせて本当にすまなかった。」と言うと、 
テーピングしている痛めた右手首を庇いながら器用にパーコレーターでコーヒーを沸かすと、 
熱い1杯を俺にご馳走してくれた。 

もらったコーヒーを飲み終わった頃にAが浮かない表情で戻ってきた。 
奥まで走ってきたAによると、あの林道は途中で消滅して獣道になっていたそうだ。 
どこからか水の音はするが沢は確認できず、俺が見たという滝もとうとう 
見つけられなかったと不思議がっていた。 
獣道はもう少し奥に続いているようだったが、あまりにも細く険しすぎて 
俺一人が夕闇のなか走破できる訳がないと思って引き返してきたとの事だった。 

そして帰りの道すがらまるで俺を誘導するかのように一定間隔で建っていた 
石柱も、いくら探しても見つける事はできなかったらしい。 

ただ、獣道の入り口辺りに朽ち果てた鳥居のような木造物の残骸はあったが、 
それに対してAは特段の興味を感じなかった様で、俺が見た滝と広場は 
一人で走っている恐怖のあまり勝手に想像したもので構成したものだという 
事になってしまった。 

これに対して俺はわざと情けない声色で「やっぱりそうだよなぁ錯覚だよなぁ…」 
とだけ言っておいたが、Aの話す内容には妙に納得できる自分を自覚していた。 

俺が入り込めたのは日没間際「逢う魔ヶ時」の不思議な力と今となっては判らないが 
何かしらの偶然が重なった事であの不思議な空間に入る事ができたのだと思えたからだ。 

TもAの話を黙って聞いていたがあまり俺に意見を求める事はしてこなかった。 
しかしニヤッと笑うと一つだけと前置きして俺にこう聞いてきた。 
「なんでスタンドを立てたバイクがぬかるみで倒れたのに 
割れたのは右のミラーなんだ?スタンドは左にあるから割れるなら 
左じゃぁないのか?」と。 

これには俺もシドロモドロになったが、コケたのが恥ずかしくってバイクが 
倒れたのだとウソをついたと都合よく二人は勘違いをしてくれたようだった。 
また林道突き当たりの場所についてはやはりTはAと同じように 
ある種の緊張状態の時に俺が幻覚や錯覚を見たのだろうという事で 
決着が付いた様だった。 

ピストン林道からメインのガレ場まで戻った俺たちは改めて地図をみてみたが、 
正しく読み取った地図の場所はかなりN県に入り込んだ辺りの峡だったらしく 
無数に支線がはしっているため持っていた地図の尺度からでは例の林道を 
特定するのは困難だった。 
またメインルートとピストン林道の分岐点に建っていた石柱も表面が侵食されてしまって 
ただの路傍の石かもしれないという事になった。 


俺が今回体験した不思議な事はこれが全てだ。 
あれからはTとAと3人であの林道を攻めてはいないが定期的に軽く近場の 
林道ツーリングを楽しんでいる。 

しかし俺のは林道や山の楽しみ方に少しづつ変化がおきていると感じている。 

それは山が伝えようとするメッセージに耳を傾けながら走るようになった事だ。 
今までは誰が一番早くかっこよく走る事ができるかって事ばかり気にしていたのだが、 
最近は山からの何かしらのメッセージを逃さないよう敏感に反応しようとしながら 
走ったり休憩ポイントで休憩をしている。 

それはたとえば古い石柱や祠があるところでは謙虚な気持ちで走る様にしているし、 
本能的に違和感を感じた場所には深入りをしないようになった。 
岩や沢が行き先を意図的に塞いでいる様な場所に出くわしたときは 
どんなに綺麗な景色が広がっていようと面白そうな林道が続いていようと 
無理に突破せず迂回路を探したり時にはUターンする事も覚えた。 

「彼の地を乱すな…彼の地を清めよ…彼の地を鎮めよ…」確かに翁面は俺に 
そう伝えようとしていた。 
その「彼の地」というのは俺が迷い込んだあそこを限定していたのか、 
それとも他にも「彼の」地はあるのかもしれない…

おそらくこの板のみんなは俺よりたくさんの、そんな「彼の地」を知っていると思う。 

だからむやみに荒らしたり無礼を働く人はここにはいないと思いますが、みなさんが 
今度深く山に入ったときはぜひ謙虚に山のメッセージに心を開いてみて欲しい。 
きっとこのスレッドの皆さんに山は答えてくれると思うし、そうすれば今回俺が感じた 
畏怖の念に押しつぶされそうになるような怖い経験ではなく、 
もっと素敵な経験ができると思うからです。 

この3人で過去も色々な山々を旅してきたから、俺たちは色々と不思議な経験を沢山している。 

特にTは俺よりもうんと山のメッセージがわかる奴だというエピソードもある。 

この板の常連さんである雷鳥さんや顔さんのようにすっきりとした 
綺麗なショートではなくだらだらとした長文でしか表現できないが、 
山から「メッセージを伝えよ」という意志をまた感じる時がきたら、 
またみんなに紹介させてもらいます。 

それまではまた名無しに戻ってROMる事にします。それではまたいつか… 
本当に長文・連投で申し訳ありませんでした。 
面白くも無いのに最後まで付き合ってくれた 
すべてのみなさん、ありがとう。 
102でした。

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