いるさ

47:坊主カット 02/12(火) 13:39 MvJc4QEh0 
山寺での修行中、僧侶たちの多くは変な体験をしたり・見たりするらしい。 
その体験談もかなり薄気味悪いが、今日は別な話を書くとしよう。 

わたしが子供の頃、近くの寺にひとりのお坊さんが住んでいた。子供好きで、話し上手。 
檀家の誰もがこの坊さんのことを尊敬していた。人相は悪いが、そこにいるだけで 
「ありがたい」と思えるような坊さんだった。 

ある年の夏休みのことだ。近所の友だちと寺の境内で遊んでいると、その坊さんがスイカを御馳走してくれた。
坊さんと、わたしと、友だち3人で縁側に座り、蝉の声を聞きながら他愛もない話しをしていた時、友だちのkが「幽霊って本当にいるの?」 
なんて質問をした。 

いるさ。  坊さんはあっさりそう答えた。 

そんなものいるハズないと声を張り上げるkとわたしに、坊さんは今夜泊まりに来るよう誘った。 

両親に寺に泊まる許可をもらったわたしとkは、わくわくしながら夕飯を食べ、暗くなってから寺を訪ねた。 
すると坊さんは麦茶を一杯飲ませてくれた後、わたしたちを本堂へ連れて行った。 

これから夜の御勤め(読経)をするから、そこに正座して静かにしてなさい。 

わたしたちは坊さんの後ろに並んで座り、嫌々ながら読経につき合わされるハメになった。 

子供にとってそれは恐ろしく退屈で、足の痺れる苦痛な時間だった。
だが悪ふざけをする訳にはいかない。
この坊さん、子供好きで優しいが、悪いことをすると容赦なく叱るのだ。
それを身にしみて知っていた私達は、黙ってお経が終わるのを待つしかなかった。 

読経が始まってしばらく経った時だ。本堂の入り口、つまりわたしとkのすぐ後ろで物音がした。 
何の音だろうと耳をすましていると、どうも人の足音のように聞こえる。
しかも靴の中にたっぷり水を入れたまま歩いているような、グチョッ、グチョッ・・という足音だ。 

それから、誰かにジッと見られているような嫌な感覚。思わず背筋がゾッとしてkの方を見ると、彼も同じものを感じたようにわたしを見ていた。 

和尚さん・・・助けを求めるようにわたしたちは小声で坊さんを呼んだ。
が、坊さんは左手をちょっと揚げてわたしたちを制した。 
そのまま大人しくしていろ・・・そう合図しているようだった。 

読経の間中、その不気味な足音と視線は続いた。
これからどうなってしまうんだろう、わたしたちは訳もなく不安になり、 
半ベソ状態だった。 

やがてお経が終わると、正体不明な音も視線も、綺麗に消えた。 
私達は緊張の糸が切れた勢いで坊さんにしがみついた。 

夜、御勤めの読経をしていると、成仏できない仏様がたまにやって来るらしい。
今夜来たのは、おそらく3年前に近くの川で身投げした身元不明の女の人。
毎年、同じ月日の同じ時間にやって来るのだという。 

幽霊がいるかいないかは分からない。信じる人も信じない人もいる。だが、こういう奇妙な体験をしてしまうと、 
坊さんを続けなくちゃいけないと思うね。 

坊さんは静かにそう言った。 

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