鬼絵師

415 :虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ :sage :2007/03/09(金) 04:15:16 (p)ID:UhsBa1HQ0(3) 
『 鬼絵師 』 


昔、ある国に絵を見るのが好きな殿様がいた。ある日、退屈していた殿様が 
「鬼の絵を上手く描けた者に褒美を取らす」と御触れを出したところ、早速二人の絵師が絵を持参してきた。 
一人は、多くの門弟を抱える町の高名な絵師。もう一人は、薄汚い格好をした山住まいの名も無き絵師。 

町絵師の描いた鬼は、鋭く尖った角が生え、勇ましい虎皮の腰巻を纏い、大きな金棒を振るい、つい先ほど地獄から抜け出てきたような恐ろしさで、極彩色で描かれた立派なものだった。 
一方、山絵師の描いた鬼には角が無く、虎の腰巻と金棒もどこにも見当たらず、思わず噴出してしまうような滑稽な容貌で、墨一色で描かれた質素なものだった。 
その場にいた誰もが町絵師の絵に目を奪われている中、目の肥えた殿様は山絵師の絵に心を囚われていた。 
荒々しくも奔放な筆使いで配置された線や滲みを、ひとつひとつ目で追っては言葉にならない声が漏れる…
そんな殿様の様子を見た町絵師は焦りを感じたのか、山絵師の絵を一瞥し口を開いた。 
「殿様。この絵の物の怪には角が生えておりませぬ。こんなものは鬼ではありますまい。」 
もっともだと、誰もが無言でうなずいた。殿様も同様であった。 
すると山絵師は、「では、おめぇさんは本物の鬼を見た事がありなさるんかい?」と町絵師に言い放つ。 
町絵師は返す言葉に窮したが、すぐに「それはお主とて同じであろう!」と言い返した。 
山絵師は何も言わなかったが、その表情に曇りは無かったという。

詮議の結果、褒美は町絵師のみに与えられる事となった。 
山絵師は絵を残したまま、誰が気付く事も無くいつの間にか城を去っていたが、殿様は山絵師の絵も捨てるには惜しいと思い、宝物庫に大切に仕舞っておいた。
しばらく経ったある日、城下から町絵師が狂死したという話が伝わってきた。
何でも、夜な夜な枕元に山絵師が描いた化け物が立ち、町絵師を苦しめたというのだ。 
殿様はもしやと思い、宝物庫の絵を確かめてみると、その中の化け物は何処かへと姿を消していた。 
「ここにいたのは、まさしく鬼であったか…」 

殿様は山絵師に褒美を与えようと国中を探させたが、結局、山絵師は見つからなかった。 
それからというものの、殿様は天主から遠くの山々を眺めては、あの「鬼」を思い浮かべていたという。

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