実話
105:虚の中の男◆AFcPKj5UhQ 04/05(木) 04:12 cuCmxt+G0 [sage]
『 実話 』
山裾の辺鄙な場所にある某大学。そこの寮に住んでいた学生たちが仲間内で百物語を催した。
怪談を話し終える毎に蝋燭の火を消していく、というあれである。
とは言っても、百もの話を用意できるような参加者の数では無く、灯された蝋燭は二十本ほど。
規模の小さな催しであったが、いくつかの話を終えて蝋燭の灯りが徐々に失われていくと、
肌をかすめる風が涼しく感じられるような良い雰囲気になってきた。
ちょうどそこへ、寮生の最年長者であるM先輩がバイト先から帰宅した。
M先輩は真っ暗な部屋の中で何事かをやっている後輩たちを見て変に思ったらしいが、
理由を聞くと「アホな事やっとるなー」などと言いながらも、その場にどかりと腰を据えた。
参加者が一人加わり、座はより盛り上がるかと思われた。
ところがこのM先輩というのが、幽霊だの呪いだのといった事を信じないばかりか、
娯楽として楽しむ余裕も持ち合わせていないオカルト否定者で、話の最中にも
「そんな馬鹿な事があるか」「嘘つけ、証拠はあるのか」「自分の目で見ない事には信じられんな」
そういった無粋な台詞で口を挟み、話し手に食って掛かった。
(場にふさわしくないヤツが来たな…)と誰もが思ったが、一応、先輩なので何も言えなかった。
そんなどんよりとした空気の中、誰かが次の怪談を話し始めた。
それは、一昨年前に行方不明となった女子学生にまつわる噂から作られた話で、
暴行された女子学生が山中に埋められたが、自分を殺した男を追って山を下りて来るという筋書き。
こんな催しに参加するような人間なら、一度は耳にした事がある有り触れた話だった。
当然の如く、また先輩が喰って掛かるぞと思いきゃ、彼は声のする方をジッと見据え何も言わない。
流石に場の空気が読めたのか、あるいは悪態をつくのも飽きたのか、と思ったがそうでは無かった。
この話が終わって次の怪談が始まると、先輩はまた先の調子で話し手にケチをつけ始めたのである。
皆がそんな先輩を奇妙に感じつつ、何本かの蝋燭を残したまま百物語はお開きとなった。
後日、催しに参加していたある者が、含みを持たせてこう言った。
「先輩が女子学生の話だけ疑わなかったのは、それが実話だと確証があったから… だったりして。」
証拠はあるのか? と、誰かが疑ってかかり、微かな笑いが起こった。
しばらくしてM先輩は姿を消した。休学届けを出して寮を出たそうだ。
理由は知らない。どこへ行ったのかも知らない。後輩たちは誰も何も知ろうとしなかったが、
ただ、後片付けをせずに出て行った先輩の代わりに、部屋を掃除させられたのが腹立たしかったと語る。
先輩の部屋をふいた雑巾は、泥でも拭ったように真っ黒だったという。