火葬場
101:メバチコ 04/05(木) 03:04 aLZ3lvTx0 [sage]
一番古い記憶かもしれない。
何処での話だったか、祖父に聞いた話だ。
大概火葬場と云うのは山に建つ。相応の苦情が付くのだろう。
知人の某が亡くなったと云うことで火葬場に来ていたのだそうだ。
火葬場は遺体を焼く窯以外は何とも清潔感がある。さながらホテルの其れだ。
遺体を窯に入れてさえしまえば親しい身内でさえその肉親でもなければ涙の一つも流さず、
昼食がどうの明日の仕事がどうのとなまぐさい話をする。
どうもこういう場は苦手だ。
そっと扉を開けて日常に帰りつつある集団から抜け出した。
自身を良識ある人間たらしめたかったのか何かに浸りたかったのか、某の窯の前まで足を運んでいた。
椅子の一つもあれば腰を据えて一つ故人の為に瞑想でもと洒落込めたのだが、生憎とそんな気配りはない。
――――あっても無くても結局は変わらないのだが。
としてどれ程たったか時計も無い場所で正確な時間は計れない。感覚で10,15分と云ったところか。
不意に音がする。
カツ、カツ
軽い興奮を覚えた。若干恐怖もあった。誰も居ない体育館のような状況で、あまつさえこんな場所で音がする。
出来すぎた状況が返って冷静さを保たせた。何故だか口元が引きつるくらいに。
ふと何処かで聞いた覚えがある音だと思った。科学の実験でビーカーとガラス棒が当る音にどことなく似ている。
音は数分で止んだ。同時に白昼夢から覚めたような妙にはっきりとした気分になった。
火葬が終わりあの空気の焼けた臭いが鼻を突く。―――変だな。
遺骨の位置が怪訝しい、いやそれどころか足りない気さえする。
だが周りは黙々と骨を拾い上げている。怪訝しい事はないのか。そう思うとそんな気もしてきた。
だがやはり気になる。気になるが今は聞ける状態ではない。肺に未だ焼けた空気を残したまま舎利を拾った。
骨壷が満たされる頃、平穏に荒波を立たせる呟きが耳に入る。
引っ掻き傷だ。ちゃんと確認しなかったな。
突然目が熱くなった。
あの数分間聞こえていた音は中で人が引っ掻いていたのか?
吐き気を堪えた。
窯で生きながらに焼かれているのを尻目にしたり顔で浸っていたのだから。
顔から血の気が引くのを感じた。
青い顔をしていたのか何かに気付いたのか、事が終わった後に係りの人がそっと耳打ちをしてくれた。
昔は燻製のようになった方も居た、山で人を焼くのだ仕方ない。稀にある事だと。
気を遣ってくれたのだろうが逆効果だ。まるで自分が殺してしまったような気がして
喉にモノが通る度につかえそうになった。
火葬場の山には山菜取りの人も来るそうで、決まってこういうことがあった後は山菜が豊富だと云うことに加えて
生物が饐えた臭いもするそうだ。
未だに思い出す。
刀工か何かだったらしく囲炉裏のような木で区切られた恐らく鉄を熱する場所だろう其処から、
焼けた餅を箸で刺して差出しながら祖父はそう付け加えた。