434 :虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ :2006/12/22(金) 05:17:03 ID:nzIn7d1V0
山中の溜め池に向かう途中に神社がある。少年たちが、いつものように鯉を釣ろうと、 
竿を手にして溜め池に向かっていると、神社の入り口に変なものが見えた。 

しり。それは男の尻であった。鳥居の水平に並んだ二本の木の隙間に、男がすっぽりと挟まっている。 
上半身は鳥居の内側、下半身は鳥居の外側にあり、常世と現世の間を彷徨っていた。 
少年たちが囃し立てながら尻に近づくと、男はバタバタと脚を動かし、助けてくれと懇願した。 
男は作務衣のような服を着ていたが、もがくうちに服ははだけ、でっぷりと出た白い腹を揺らし、 
ひぃひぃと懸命に喘いでいた。その珍妙な光景を、笑いながら見ていた少年たちであったが、 
あまりに悲痛な事態に、ついにその手を差し伸べる事にした。 

男は少年たちに両手を伸ばし、思いっきり引っ張ってくれと頼む。 
一番大きい子が、言われるままに男の手を引っ張る。しかし、男の体は抜けない。 
今度は、みんなで男の手を引っ張ってみる。それでも、男の体は抜けない。 

やがては、大人の助けを呼ぼうかという意見も出たが、挟まった男は何故か頭を振り嫌がる。 
少年たちが困っている最中、一番小さい子が男の片足をつかみ、えいっと引っ張った。 
すると男の体は、いともたやすく滑り抜け、鳥居の外へと落ちた。

男は落ちた時に打った尻を擦りつつ、鳥居を睨みつけて舌打ちをした。 
そして、巨体に似合わぬ軽やかな足取りで神社を後にして、溜め池の奥の草むらへと消えていった。 
男の体を触った少年たちの手は、やけに生臭かったという。 

少年たちは、変なおっさんだったなと思いつつも、溜め池に向かって釣りを始めた。 
数匹の鯉が釣れ、魚篭(びく)に入れておいたが、後で魚篭の中を見てみると、 
鯉は何かにかじられ、喰い散らかされていた。 

少年の中のひとりが、鳥居での出来事を祖父に話すと、祖父は血相を変えて子供たちを掻き集め、 
神社に参詣し御祓いを受けさせた。男を鳥居から助け出した小さい子は、 
特に念入りに御祓いが行われ、しばらく家から出る事を許されなかったという。 

あの男が何であったのか、大人たちは一様に口を閉ざした。 
溜め池は鉄条網で張り巡らされ、そのうち学校から、溜め池周辺で遊ぶ事が禁止される通達があった。 
その日を境に、子供たちの笑顔と声が山から消えた。 

前の話へ

次の話へ