天井裏
324 :虚の中の男 ◆AFcPKj5UhQ :2006/12/18(月) 04:14:26 ID:AhFAYpu40
『 天井裏 』
J氏は都会暮らしに疲れ、この×村に越して来た。
以前いた街では考えられない破格の安さで、一軒家を借りる事が出来た。
その家は山の麓の寂しい場所にあり、築三十年の傷みの激しい家ではあったが、
古き良き時代の日本の田園風景に馴染むたたずまいで、一目見て気に入ってしまった。
当初、田舎へ移る事を渋っていた妻と息子も、すぐに土の匂いに馴染んだ。
ある夜、二階の部屋で寝ていた息子が降りて来て、J氏に言った。
「天井から何か物音がして、うるさくて眠れない。」
J氏が二階へ確認に行くと確かに音がする。天井裏で何か這いずり回っているようだ。
「ネズミかな?」と、布団叩きでバンバンと天井を叩いてみたが、音は鳴り止まなかった。
その晩は一階の寝室で親子三人、川の字になって寝た。
翌日、J氏はホームセンターまで、ネズミ捕りを買いに行った。
付属の餌でおびき寄せ、ベタベタの粘着シートで捕らえるタイプのものだ。
これを天井裏に仕掛けると、早速と効き目があったのか、その晩は静かだった。
J氏は、引っかかったネズミを処分しなければなと思いつつも、
何となく億劫で、そのうちすっかり忘れてしまっていた。
ネズミ捕りを仕掛けた事を思い出したのは、一月後だった。
天井裏へと続く押入れの上にある蓋を外し、ネズミ捕りを置いた場所を探る…
あった。端をつまむとズシリと重みのある手ごたえ。眉をひそめる。
顔を背けながら、暗い天井裏から日の照りこんだ室内へと獲物を移す……
「!!」反射的にネズミ捕りを投げ出してしまった。
大きい。ネズミなどではない。捕らえてから随分と時間が経つので、
獲物は半ばミイラ化していたが、明らかに獣では無かった。
それには体毛が生えておらず、尻尾も無い。まるでヒトの胎児のようであった。
こんなものが天井裏を這いずり回っていたかと思うと、J氏は気が気ではなかった。
妻と息子に見つからないうちに処分しようと、自転車で近所の里山を目指した。
農道を進むと奥に畑があった。畑の隅では、木の枝か何かが燃やされていた。
辺りを見回したが、夕暮れ時で周りに人影は見当たらない。
J氏は獲物をネズミ捕りごと火の中に突っ込んだ。
既に乾いているので、すぐに燃え尽きるだろう。
J氏は後ろを振り返らずに、家までペダルを必死に漕いだ。
数日後、J氏は息子から嫌な噂を聞いた。例の里山の畑で、夕暮れ時に、
炎に包まれた赤ちゃんが、ハイハイしているのを見た友達がいるのだと言う。
「バカな事を言うのはやめなさい。」と、妻が息子をたしなめた。
またしばらくして、息子が噂話を聞いた。炎の赤ちゃんは、
畑の手前の農道にも現れ、ウチの近くの道でも見た子がいるのだと言う。
この時、J氏は(ここに帰って来るんじゃないか。)と恐れ慄き、
いぶかしがる妻を説き伏せ、即日、荷物をまとめて家を出た。
後日J氏は、あの家が不審火で焼けたと知ったが、妻と息子には話さなかった。
一家は今、街中のアパートで狭さと喧騒に耐えながらも、安心して眠れる日々を送っている。