大櫟の先

183:09/17(日) 15:22 xXPqxKxeO [sage] 
F夫人の話 

山で音楽を聞いたFさんは奇妙な体験が豊富だが、彼の奥さんも負けてない。 
彼女は自然に恵まれた田舎町で育った。小学生の頃、山に野苺を摘みに行くと、いつもの場所は先客 
があったのか熟れた実が残っておらず、苺を探すうちに普段は行かない場所まで来てしまった。 
"大櫟の先には子供だけで行っちゃいけない"両親や祖父母から何度も聞いた言葉だ。友人の母親に 
言われたこともある。彼女は言い付けを守っていたし、彼女の知る限りの友人からも、櫟より奥に 
行った話は聞いたことがなかった。その櫟の木が少し先に見えていた。 

随分、奥まで来たことに気付いて道を戻りだすと、背後から綺麗な鳥の声がした。思わず振り返り声 
に近づくと、櫟より先の小道に、これでもか!というほど野苺が実ってるのが見えた。空の笊を持つ 
彼女には余りに魅力的な光景だった。奥まで行くわけじゃない。目の前の苺だけ…。彼女は誘惑に 
負けて櫟を越えた。夢中で苺を摘む。みるみる笊は満たされ、そろそろ腰をあげようとした時だ。 
『なにしてんの?』 
驚いて顔をあげると同年代の少女の笑顔があった。彼女も思わず笑い返した。 
『苺とってんの』 
『私、○子っていうの』 
『私は○美』 

○子は綺麗な少女でフリルのついたワンピースを着ていた。 
『山で余所行き着てたら汚れるよ』 
『私の服は母さんの手作りだから、こんなのばっかりなんだ』 
少女は困ったように笑う。暫くお喋りをするうちに日が傾き、彼女は帰ることにした。 
『明日も遊べる?』 
断る理由もない。短時間で彼女は○子を好きになっていた。翌日から学校が終わると山で○子と会う 
のが日課となった。だが、それも10日程で終わったという。強い雨の日、止めるのも聞かず出かけた 
娘を追いかけた母親が、山の墓地で雨に打たれながら一人で喋る娘を発見したからである 

しかし、彼女の記憶では山は晴れていて、○子も一緒にいたという。その墓地は水子供養のもので、 
昔から子供を引っ張ると言われている場所だった。実際、彼女の父親が子供の頃にも、同世代の少年 
が墓に通いだし、子供たちの噂を気にした大人が少年の親に注意をしたが、親は笑って取り合わず、 
その後、ただの偶然かも知れないが、墓地で死んでいるのが見つかる事件があったそうだ。 
ちなみに、○子は同町の洋裁店の娘と判明し、彼女は両親と仏壇に線香をあげに行った。それからも 
○子を思い出すことはあったが件の山には登ってないそうだ

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