煙草の臭い

243 名前: 雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ 2006/03/17(金) 22:19:42 ID:ldCFIw/Y0
知り合いの話。 

彼は仕事柄、長いこと山に篭もることが多い。 
そのため山の持ち主に断って、活動基地となる簡単な小屋を造っている。 
そこに私と友人二人が押しかけていた時のことだ。 

差し入れの酒とジャーキーを摘まみながら、下界の他愛もない話をしていると。 
不意に彼が顔を上げた。 
宙を睨むような表情で、鼻をしきりにヒクヒクさせている。 

「どうした?」何の気なしに友人が尋ねてみると、 
「今、誰かこの山に踏み入ってきた。多分、三人。○○沢の方から」 
そうあっさりと答えてきた。 

彼以外の皆が驚いた。代表するような形で私が問う。 
「そんなこと、何でわかるのさ?」 
彼はしばらく思案していた様子だったが、やがて肩をすくめ次のように話した。 
「ツンと鼻奥に来たんだ。煙草の臭いがね」 

彼が言うには、いつの頃からか山に篭もっている間、嗅覚が異常に利くように 
なったのだそうだ。 
初めはそこまで利かないのだが、篭もってから数日経つと、あらゆる匂い、 
特に煙草のそれに敏感になるのだという。 

「どの方角から匂うのか、どれくらい離れているのか。 
 そんなことまで自然とわかるようになるんだ。 
 煙草だったら人数まで大体わかる。 
 え?・・・いや、流石に銘柄まではわからん。 
 山を下りると、すぐに元の鼻に戻るんだけどな。 
 まぁ篭もってる間は好き勝手放題に吸えないから、その代償かもしれん」 

半時間後、小屋を訪れた客がある。 
私たち共通の山仲間だった。その数、四人。 
「遊びに来てやったぞ」 
「おー、お前らも来てたのか」 
そう言いながらドカドカと遠慮もなく上がり込む。 

「煙草、吸ってた?」思わずこちらの一人が聞いていた。 

四人はきょとんとした顔をすると、うち三人が携帯用の灰皿を出した。 
「○○で休憩した時吸ったけど」 
「俺は吸ってないけどな」一人だけそう答える。 
差し引き三人。彼の予測とずばり合っている。 

「・・・そうかっ、そんなにもお前の身体はニコチンを欲していたのかっ」 
その後は一晩中、そう言って彼をからかいながらの宴会となった。 
「やっぱり言うんじゃなかったな、コンチクショウ」 
憎まれ口を叩いているが、嫌がってはいない様子。 
一人より多勢の方が楽しいのだろうな、やはり。 

次回より、差し入れの品に煙草が含まれるようになった。 
吸わない私などにとっては「大概にしろよな」という感じではあるが。 

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