煤けた風呂<

606 名前: 全裸隊 ◆CH99uyNUDE 2006/02/04(土) 01:21:53 ID:jNp+XJEC0
静寂を売り物にした高級リゾート地として開発された、山間の 
その土地には、広い道路が一本、背骨のように縦貫しており、 
道路から見えないように建てられた別荘に向かって、肋骨のような 
小道が伸びている。 

一本の小道に一軒の別荘。 
火事で全焼した別荘が一軒あるが、焼け跡は放置されたままだ。 
オーナーがどうなっているのか、管理会社がどう関わっているのか、 
裏では色々あるのだろうが、道路からも隣家からも見えないような 
場所のことでもあり、林の中、朽ちるに任されている。 

焼け跡には風呂がある。 
タイルで丁寧に作られた風呂は、真っ黒に煤け、陽にさらされ 
風雨に打たれ、夜露に濡れ、とどのつまり、埃まみれだ。 
月夜、その風呂には、自殺した女が入浴しているという噂もある。 
その別荘で自殺者があったかどうかなど、誰も気にしない。 
無責任に、そうした噂だけが広まっている。 
決して、入浴している女を見てはいけないともいわれる。 

ハイキングがてら、面白半分にその別荘まで行った者がいる。 
風呂の脇にテントを張ろうという計画だったが、煤けた風呂が 
不気味で、何となく焼け跡が見えにくい場所にテントを張った。 
無論、違法行為だったろう。 
月は冴え冴えとし、林の中は明るい。 
ひとりが風呂を覗きに行こうと言い出した。 
全員で行っても面白くないので、一人一人、別々に行ったらしい。 

交代で出かけ、全員が風呂を覗いたはずだったが、実は怖くて 
風呂まで行かなかったとひとりが白状すると、俺もそうだと 
言い出す者が出て、結局、本当に月夜の風呂を見たのは 
ひとりだけだったことが分かった。 
風呂を見たひとりは、何も語らなかった。 

翌日、山でそのひとりが消えた。 
何日たっても見つからず、彼らが辿った道をさかのぼり、 
違法と知りつつテントを張った別荘地まで捜索されたが、 
やはり見つからない。 
捜索は打ち切られ、公式には行方不明とされた。 

数ヶ月後、彼の遺体が発見された。 
例の別荘地、例の風呂の中、水死体となっていた。 
発見したのは別荘地の管理会社の社員で、通常の巡回業務の 
途中、異様な臭いを感じて発見したと説明した。 
それまでの巡回では、臭いも遺体もなかった。 

水死体という表現に過不足はない。 
真っ白にふやけ、警察官が腕や肩に触れると肉がずるりと剥け、 
水がしたたるほどだった。 
煤けて埃が分厚く積もった風呂から、こんな遺体が発見されるなど 
おかしいと誰もが思った。 
とりわけ、警察がそう思ったが、結局、何も分からなかった。 

風呂は、森の中で煤けている。 

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