穴の中

121 名前: 全裸隊 ◆CH99uyNUDE 2005/04/26(火) 00:59:01 ID:rDzeFPmd0 
滝の裏側の岩穴を利用した山ガラスの巣。 
薄い幕のようになった水に守られた巣だ。 
山ガラスが頻繁に訪れ、子育て中だと知れた。 
真横に回りこむと、岩穴と水の間には予想外に大きな 
空間がある。 
しぶきが岩肌を濡らしており、水を通して差し込む柔らな 
ひかりが拡散して、不思議な空間をなしている。 
穴の高さは、好奇心旺盛な人間が覗き込むのに具合が良い。 
裏から見た水の幕は、しっかりと外界から穴を遮断しているという 
意味において、薄い壁に近い。 

穴に近付いた時、その水の壁を突き抜けて親鳥が黒光りする姿を現し、あっという間に穴の中に飛び込んだ。 
穴の口で尾羽が揺れている。 

一瞬、何かが山ガラスを巣の奥に引き込んだ。 

それきり、親鳥は出てこない。 
そういえば、親鳥は入るばかりだった。 
一羽も外へは飛び出して来なかった。 

中を見ない方が良いと、頭のどこかが、ふるえる足が、 
大きく脈打つ心臓が主張するが、目が、見ることを望んだ。 

暗い穴の中を覗こうと、そろそろ頭を近付ける。 
穴の大きさは人の頭ほどだろうか。 
汗が湧くように溢れてきた。 
その時 
後頭部に手が回った。 
自分の手ではない。 

猛烈な力で、頭をつかまれた。 
穴の中は暗いが、その暗さに目が慣れるまでもなく、そいつが見えた。 
人の顔。距離は30センチほどか。 
目と小鼻に入墨をしている。 
穴の下端ギリギリのところに達した目で見えるものは、そう多くはない。 
そいつに胴体があるようには見えない。 
頭だけで穴の中に存在しているようにしか見えない。 
そして手は、口から生えている。 

背後から激しく水しぶきがかかり、頭をかすめて親鳥が穴の入口に立った。 
額に尾羽が当たる。 
背後の手が緩み、頭から鳥へと素早く動き、鳥を掴んだまま口に消えた。 
予感が走り、身をすくませ、背後の水へ背中から突っ込んだ。 
口から出てきた手が、思った通り、だが予想以上の速さで迫る。 
滝の外へ飛び出し、尻餅をついた。 
手が滝の外に現れ、激しく振り回され、虚空を掴み、滝に消えた。 

美しく、優しい景色の中に居た。 
やがて山ガラスが滝に飛び込んだ。 

数年後、大型台風が引き起こした大規模な土砂崩れと土石流が 
あたり一帯を別の山に変えた。 

長い事、山の中を転々としながら生きてきた猟師が、語ってくれた。 

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