チュウキの爺さん
0302 本当にあった怖い名無し 2011/12/07(水) 12:05:06.39
おれのひいじいさんから、聞いた話。
ひいじいさん若いころ(20代)、縁あって、群馬のある寺にちょくちょく出入りして
いたんだとさ。
その寺は、境内、墓地以外、周辺には、田んぼや雑木林しかないよくある
ド田舎の寺だったんだとさ。
そんでもって、その寺の参道の入り口に小さな家があって、
そこにお寺の参道を掃除したり、ちょっとした修理をする
寺男or世話人さん(?)みたいな、信仰の篤い老夫婦が住んでいたんだと。
で、その二人が住む家のつくりは江戸時代さながらの一軒家で、
扉をあけると、床が土の土間があり、すぐ前の障子をあけると
12畳くらいの日本間があるだけの、薄暗い、典型的な昔話に出てくるような
つくりだったそうだ。
トイレはもちろん外にあるという、あのつくりだ。
で、肝心の老夫婦なんだが、一生懸命お寺のお掃除なんかしていたけど、
おじいさんの方がチュウキ(?)で倒れたんだとさ。
今でいう、脳梗塞みたいなやつだと思う。
とにかく半身不随になってしまったらしい。
おれのひいじいさんなんかも、親しかったんで、よくお見舞いなんかには
行ってたんだと。その倒れたじいさんの連れ合いの婆さんが一生懸命面倒を
看ていたらしい。
そんなこんなしているうちに、今度はその婆さんが、風邪で倒れたそうだ。
狭い日本間に二人で並んで床につくことになっってしまったそうだ。
それでも、婆さんの方は必死に病をおして、じいさんの看護をしつづけてそうだ。
時々、俺のひい爺さんやその仲間なんかも寺に行く用事のときはその家に立ち寄って、
看病したそうだ。
だが、婆さんは無理がたたって、風邪をこじらせてしまったんだと。
ひい爺さんたちは、これは大変だと、医者を呼んだり、みんなで代わる代わる
二人を看病したんだとさ。
そして、チュウキで倒れているほうの爺さんが心配して、余計病が重くならぬようにと
皆で考えたらしいんだな。
その狭い部屋に屏風をたてて、部屋を二つに仕切って看病したんだとさ。
だが、必死の看護むなしくなんと、チュウキの爺さんより先に、ただの風邪の
婆さんの方が、死んでしまったんだと。
でも、チュウキの爺さんが、婆さんの死を知ったらどうなる?
嘆き悲しんで、いまより病が悪化するにちがいない。と思われた。
そこで、チュウキの爺さんには知らせず、(二人には身寄りらしい身寄りも
いなかった。)、屏風の反対側で、こっそり、それも速攻で
俺のひい爺さんたち知り合い数名で婆さんの葬儀を済ませてしまったんだと。
婆さんが亡くなって、49日も過ぎた頃。
俺のひい爺さんが、夕方、寺に行く用事があったんで、
ついでにチュウキの爺さんの家に寄ったんだと。
小用を足したいから外の厠に連れて行ってくれ。
ということで、チュウキの爺さんの肩を担いで夕暮れの境内を
厠へとよっこら、よっこら歩いたんだと。
小用終わって帰る時、チュウキの爺さんが俺のひい爺さんに向かって
途切れ途切れに話し始めたんだと。
それは、
「なあ・・・、○○よ(俺のひい爺さんの名)。婆さん最近姿みかけんが、
どうしたんじゃろう?風邪は治ったんじゃろうか・・・?」
「昨日なあ・・・、夕方、小便したくて、我慢できなくって・・・、
誰も(看病に)来んかったんろう・・・?じゃから、ひとりで杖ついて厠へ行ったんじゃ。」
「そしたら、婆さんが、あの・・・、ほれ、そこの本堂の端の暗がりの方から、手招きして
わしを呼んでいたんじゃ・・・。」
「このくらいの夕方じゃった・・・。なんの用だったんじゃろうのう・・・?」
チュウキの爺さんまだ、婆さん死んだの知らないはず!?
でもって、「ばあさん、なんの用だろうのう?」と隣で無邪気にのたまうチュウキの爺さん。
夕暮れ深くなり、向こうの本堂も薄暗く、誰もいない静まり返った境内。
時折烏のなく声と、ぼんやり墓の頭も見えるシュチュエーション。
婆さん死んでるの知ってる俺のひい爺さん。
その場で、チュウキの爺さんほっぽり出して逃げたいところを我慢して、
ふとんに寝かせ、その後、必死で飛ぶように家に逃げ帰ったそうだ。
ばあさんの手招きの意味するところはなんだったんだろう?
はたして、婆さんはそのチュウキの爺さんを呼んでいたのだろうか?
ちなみに、チュウキの爺さんはその後、長生きしたんだとさ。

