天井が回る話

953 :933:2011/09/02(金) 12:03:39.39 ID:KfgqcmIK0

天井が回る話


今の家に引っ越すまで、父の会社の社宅に住んでいた。
鉄筋コンクリートの灰色の建物が20棟位立っていて
入居者が全部会社の関係者。
そこのA棟201号室が僕たち家族の家だった。

間取りは2LDK。
一番小さな5.5畳の和室が子供部屋として与えられてた。
小学生に上がったくらいから
そこで姉妹3人で川の字になって寝るようになって
サンタさんもそっちに来るようになった。
ところで僕はなんでかその部屋が嫌いだった。
母の生家に連れ立って遊びに行って、
数週間後に帰ってきたときとか、その部屋だけが異常だった。
床に転々と何か黒いものが等間隔に落ちていたり
(他の部屋にはまったく無い)
得たいの知れない不気味さがあったんだよなぁ。
とにかくその部屋に
それから10年に渡って僕を苦しめたトラウマの元が居た。


それは決まって明け方なのか夕方なのか分からない
青白い色の時間帯に起こった。
古ぼけた蛍光灯の下に垂れた紐を中心に
ゆっくりと天井が回りだすのが合図だった。
同時に金縛りにあって、顔を横に向けることすら出来なくなる。
目も閉じれずに強制的に回る天井を見ていなければならなかった。
隣に寝ている妹達はいつだって気づいてなかった。
天井が回っているという緊急事態なのに・・・。

回るだけならよかったのだが、
だんだんスピードを増して回り始めると
押入れのほうから微かに声が聞こえ始める。
僕が怖かったのはその声だ。
大勢の大人が怒鳴ったり叫んだりしている声だった。
女の人も居るし年配の男の人も居る。
彼らは口々に何かをののしり、いがみ合って、
しまいには静かな筈の眠れる子供部屋が割れんばかりに
ただごうごうと怒鳴っている。
その頃には天井だってとんでもない状態になる。
もう色が溶け合ってしまうほどのハイスピードで
ぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐる
ごうごうと叫ぶ大人たちの声と一緒に回っている。
僕は其れが恐ろしくていつも手を硬く握って耐えていた。
終わりは突然やってくる。
回りまくった天井がすごい勢いで落ちてくるのだ。
「うわっ!」
って、目を閉じると、
突然声も天井の回る音もぴたっと止まり
何事も無かったかのように静かになる。

起き上がって、隣で寝ている妹達を見ると
いつだって何事も無かったかのようにぐっすり安眠していた。

小4のときに今の家に引越しして
初めて 天井は回らないものなのだと知った。
物心ついた頃から回っていたので、一般的な現象だと思っていたのだ。
大きくなるにつれて天井が回るなんて非現実的な事が起こる筈がないと思い始めた。
回る天井は僕の中で夢だった事になった。
しかし長い間植えつけられた恐怖は、たまに
残酷な夢や、昼夜問わず襲ってくる幻覚や、耐え難い幻聴を引き起こした。
そのたびにその苦痛や吐き気から逃れるために
しばらくじっとしていなければならなかったくらいだ。
でも原因が変な夢っていうんじゃ誰にも相談できない。
今思えば割と深刻な心の傷に思えるが
当時の自分にとっては、困った癖のひとつでしかなかった。


しかしある日、高校も卒業しようかというタイミングで
妹と怖い夢の話をしていた時のことだ。
「すごい騒音が鳴る嫌な夢を見る。」
という趣旨の、いわば回る天井の後遺症みたいな夢をたまに見るって話。
そしたら妹が「うちもそういうの見る!」と慌てて説明しだした。
内容は大体一緒で、耐え難い轟音と映像が出る夢だった。
兄弟で同じような夢を見るなんて不思議だねぇなんて
ひとしきり夢の共通点を語り合った後、僕は妹に回る天井のことを話そうとした。
「実はさ、前の家の子供部屋で・・・」
妹は子供部屋と聞いたとたんに
「あぁ、天井が回るやつか。」
と、こともなげに答えた。
「おねえちゃんも見てたんだ!」

「え、知ってたの?」
ずっと自分の夢だと思っていた僕としてはまさに青天の霹靂だった。
妹に言わせると、そんな怖いと思ったことは無いらしい。
・新しい家に引っ越して、天井が回らない事にびっくりしたこと。
・電気のひもを中心に天井が回っていたこと。
・部屋の角がどうなっているのかどうしても気になったけど
 一度としてきちんと確認できなかったこと。
・そして部屋の角がどうなってるのか一生懸命見ようとしたまま
 いつも目が疲れてなんか寝オチしてしまっていたこと。
我々はこびり付いた記憶をお互いに確かめ合った。
違うのは一部だけだった。
寝ていた位置が違うから、
僕の視界では電気のひもがいつも左側にあって
妹にとっては右側だっただけだ。
しかし彼女は僕が聞いていた騒音の一部しか聞いていなかった。
男の人が怒鳴り始める辺りでいつも眠ってしまっていたようだ。
天井がしまいには落ちてくることも知らなかった。

あの灰色の社宅のその後について、彼女が少し情報を持っていた。
新しい社宅建設のために取り壊す予定だったはずなのだが
無人のまま何年も放置されているらしい。
トラウマ攻略で今度見に行こうなんて盛り上がったけど結局行ってない。
厄介な悪夢と幻覚と幻聴は、19歳の夏位からぱったりと止んだ。
アレに悩まされることが無くなったのは
僕にとってたいへん幸福な事だった。
正直言うとそれまで恋すらしなかったんだ。
今は平穏に暮らしてる。
いまだに何だったのか分からないし、知りたくも無い。

関係あるかは知らないけど、お隣に若いご夫婦が住んでました。
小さい頃は良くしてくれてたんですが、、
だんだん奥さんが心を病んじゃったみたいで姿を見かけなくなりました。
子供が出来ないとかなんとか、チラっときいた事があります。
部屋の位置的に子供部屋のすぐ隣だから、
何か悪い影響が出てなかったならいいんだけど・・・と
この事を思い出すたびに思うんですよね。

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