強烈な光

501 :高校生の頃の話 1:2011/07/08(金) 12:14:23.62 ID:ICAdLLrG0
高校2年のある冬の出来事。私の実家は東北でも有数の豪雪地帯で、
その日も夕方から降り始めた雪は、夜に吹雪へと変わった。
深夜、私はいつものようにラジオを聴きながらベッドへと潜り込んだ。
午前4時頃、急に目が覚めた。ベッドの真横にある窓へ強烈な光が当たって
いるのがカーテン越しに分かる。
最初は車のライトかと思った。ところがその光は下から上へとゆっくりと上ってゆく。
そこで「あれっ」と気づいた。

部屋の真横はすぐ隣家があり、車のライトは当たらないことを思い出した。
それに車のライトにしては、いやに動きが遅い。
しばらく見ていたが、思い切ってカーテンを開けた。
そこには一面の暗闇、そしてうっすらと見える吹雪の影が広がっていた。
すっかり目が覚めてしまったのだが、それから10数分後突然、電話が鳴った。
電話は私が取った。父親はなんでこんな時間に起きていたんだという目で私を見ていたが、
電話に出た途端、顔を歪めた。

父親の姉である叔母が亡くなったという電話だった。
叔母は少し前、突然脳出血で倒れ入院していた。意識がないとも聞いていた。
私はその光景を見ながら、あることを思い出した。

それはその何日か前のことである。
夜中に部屋で本を読んでいると突然、中学校1年生だった妹が
真っ青な顔で部屋に飛び込んできた。私の部屋で寝かせてほしいという。
何があったんだと聞くと、妹は引きつった顔で、
「枕元に知らない女性が座って、にこにこと笑いながら髪をなでてくる」
のだと言う。

妹の部屋に入るためには私の部屋の前を通らなければならないのだが、
人間が歩いた気配は全くない。
夢でも見たんじゃないか、と言ったが妹の顔色は真っ青なままである。
仕方なくベッドを妹に貸し、私は炬燵で寝た、ということがあったのである。

叔母の葬儀も終わり、1ヶ月程経った春先のこと。
ある日曜日のこと、まもなく3歳になる弟がいないという。
その頃、ようやく自由に歩けるようになっていた弟は家中を盛んに動き回っていた。
ところが、いつもは目の届くところにいる弟の姿が見えない。

玄関は鍵がかかっており、外へは出られないので、後は二階である。
母親に言われ二階へ向かった。
私の部屋にはいない。妹の部屋を開けた。

弟は妹のベッドに座って楽しそうに笑っていた。
やれやれと弟を抱きかかえたが、弟は部屋の奥にある棚から視線を動かさず、
ひたすら楽しそうに笑っている。
何がそんなに面白いんだ?と思い、見るとそこには本や服にならんで人形が
一つある。緑色の服を着たフランス人形で、台座にオルゴールが付いている。
ネジを巻くとオルゴールが鳴り、人形が音に合わせて回転する仕組のもので、
東京から引っ越してきたときから家に置いてある人形だった。

その人形が回りだした。

からん、ころんとオルゴールの音も鳴っている。
その人形はだいぶ前にオルゴールが壊れ、手先の器用な父親が修理を試みたが
「もうだめだ」と匙を投げて以来、人形の回転もしなかったし、音が鳴ったことはなかった。

2回だったか3回だったか人形は回り、止まった。音も止んだ。
人形は棚の高いところに置かれ、弟は触れないし、私も一切触れていない。
人形が止まると同時に弟は笑うのを止め、私の腕から飛び降りると
1階へ勢いよく降りていく。自分も1階に降りようと部屋の戸に手をかけて、
はっと思った。

開けるときもそうだったが、戸が硬くうまく開かない。
すべりが悪いため開けづらいので直してほしい、と妹が言っていたのを
思い出した。

確かに高校生の私でも、重く相当な力がいる。
弟にこの戸を開けることが出来るだろうか。
部屋に入るとき、戸は閉まっていた。まだ私が部屋にいるときに妹は外出したのだが、
妹が戸を閉める音を確かに聞いていた。

フランス人形は、妹が産まれたときに亡くなった叔母が送ってくれた
ものだったと後から聞いた。
妹が物心着く前に東北へと引っ越したため、妹は叔母の顔を良く覚えていない。
私も写真で見てようやく分かるくらいなのだが、叔母は私と妹を大変可愛がって
いてくれたと父から聞いた。

その人形は、私が生まれたときに贈られたという五月人形とともに、まだ実家にある。

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