闇の穴

807 :闇の穴1:2011/03/03(木) 14:03:12.67 ID:JdDucCZH0
これは彼此十年以上前、私が高校生だった時分に体験した話です。
かなりの長文になります。すみません。


                    ━闇の穴━


夜の闇という物は得体が知れない。時に人を恐怖させ、時に人を強く惹きつける。

この頃の私は、深夜の散歩を隠れた趣味としており、まさに後者のそれであった。
別段大した事をする訳ではない。ただ供とするモノが太陽か月かの違いで、
行為自体は昼間の散歩と何ら変わらないのだ。気の向くまま辺りを散策して
束の間の恐怖、そして云い知れぬ高揚感を得て帰宅し、人知れず眠りに就く日々。

この日も、いつもと同様に、ひっそりと家を抜け出しそれは始まった。土曜の夜、
凩が吹く晩秋から初冬の頃で、凛とした空気と静寂が辺りを支配していた。
いつになく気力体力があった私は、その日遠方まで足を延ばし、気が付けば
閑静を通り越し、民家の疎らな田園地帯まで来ていた。街灯はポツポツと頼りなく、
一層増した静けさに耳が痛いくらいだ。闇も一段と濃度を増した気がする。

辺りには人一人いない。少し前までコンビニの煌々とした明りの下に幾人かの
客を認めたり、お仲間とも思える幾つもの存在とすれ違ってきたのが嘘の様だ。
ふと時刻を確認すると、午前1時。いつの間にか日付が変わっている。
「…。」漠然とした不安から、今日はこの位で良いだろうと踵を返そうとした時、

                     「 ? 」

道沿いにある右前方の畑に違和感を覚え思わず目を凝らした。…なんだ?
ぼんやりとした仄暗い街灯の照らすその畑に、───人影が2つ。「…ッ!!」
一瞬背筋に冷たいものが走り、慌てて時刻を再度確認してみる。…1時13分。
俄かに芽生えた恐怖心から、一刻も早く帰らなくてはと考える一方で、
好奇心から、一体誰が何をしているのかと確かめたい気持ちにも駆られ、
結局、足は自然と歩を進め、1歩2歩と近づくにつれ人影の正体が明らかになった。

どうやら老夫婦の様である。察するに畑の持ち主であろうか。交々に畑を掘り、
何かを埋めている様が見て取れる。傍らにはシートが被せられたリヤカーが一台。
嫌な予感はとうにピークに達していたが、どういう訳か歩みが止まらない。

…とうとう畑の手前まで来てしまった。私はいよいよ覚悟を決め、平静を装いつつ
畑の横を通り過ぎることにした。『無関心を決め込み、さり気なく横目で盗み見る』
そんな事を考え、畑に差し掛かる。───丁度真横まで来た時だった。
ザッザッという掘削音がピタリと止まった。…もしや、こちらの様子を伺っている?

ゾッとした。しかし、今更引き返すわけにもいかない。かえって怪しまれるだろう。
これは横目で云々どころではないと、冷や汗をかき俯きながら足早に通り過ぎる。
気にせいかじっとりとした視線も背中に感じ、正直生きた心地がしなかったが、
何とか通り過ぎる事が出来た。しかしほっとしたのも束の間、ある事に思い当たる。

         『 か え り は ど う す る ん だ ? 』

愚問だ。元来た道を引き返すしかない。しかし、すぐには引き返せない。
行キハ ヨイヨイ 帰リハ コワイ…。迷った末に、丁度自然公園があったので
そこのベンチに座り、暫し気を落ち着かせることにした。…困ったことになった。
幸い翌日(というか今日)は日曜なので、時間は然程気にしなくてもいいが、
寒さが尋常ではないため、ずっと朝まで此処にいるわけにもいかない。
こうなったら一刻も早く彼らが作業を終え、立ち去ってくれる事を願うばかりだ。

───どれくらい経っただろうか。時計を見ると、2時を幾らか回っていた。
もうさすがにいないだろう。祈るような気持ちで私はそろそろと件の畑まで
用心しながら戻って来た。…果たしてそこに老夫婦の姿は無かった。
私は安堵し、その反動からか、あろうことか問題の場所を観察してみるという
暴挙に出てしまった。今思えば信じられない行動だが、あの日は全てが異常で、
一種独特の心理状態だったと言わざるを得ない。

畑は粗元通りになっていたが、1か所土が僅かに盛り上がっている場所があった。
あの下に何があるのだろう。…しかし、流石にそれを確かめる気にはなれない。
ふと置きっぱなしになっているリヤカーに目が止まる。シートも被せられたままだ。
もっとも、何かが覆い隠されているようには見えないが、何か痕跡があるかもと
少し逡巡したのち、思い切って捲ってみようとシートに手を延ばしかけた刹那、

                 「ナアァ ニャアアァン」

ねこのこえがする。どこだ?どこにいる?私は声のした前方をキョロキョロと見渡し、
目を凝らし探してみたが、どこにも猫の姿は無い。リヤカーの下かと覗き込んで…

                 「おめぇ なにしてんだ」

!!! 突然、背後で声がした。顔面蒼白になりながら、ゆっくりと振り返ると
一人の老人が立っていた。はっきりとは分からないが老夫婦のカタワレに違いない。
迂闊だった。大体、リヤカーが置きっぱなしになっている時点で気付くべきだった。
「い、いえ 猫の声がしたもので。猫好きなんです、私。…あれ、どこいったかな?」
しどろもどろになりながらも、何とかそう言って探す振りをしていると、

           「 あ あ  そ り ゃ あ  お れ だ 」

…は?一瞬我が耳を疑った。老人は無表情で事もなげに確かにそういったのだ。
相当、私が困惑した顔をしていたのだろう。「どれ、」老人はそう言うと次の瞬間、

             「ノァアアァアァァアアン ナアアウゥ」

能面の様な表情のまま、猫の如き異様な声を上げ始めたのだ。その声は、
大凡よくある猫の鳴きマネなどというレベルではなく、人外の声だ。何だこれ…
そもそも最初に聞いた猫の声は、前方からした。そして、老人は後ろにいた。
『好奇心は猫をも殺す』昔知ったそんな言葉が、何故か頭をグルグルと駆け巡る。

狂ってる怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

「あああ、おじいさんだったんですかそうですか。ではしつれいします。」
もう形振り構ってなどいられるか。自分でも何を言っているのか分からないまま、
私は適当に【ソレ】を躱すと、ギクシャクと歩を進めそこから逃れようとした。
もがいている様に何もかもがスローで、悪夢の如き時間だった事を覚えている。
(もっとも、直後に絶叫しつつ死に物狂いで全力疾走する羽目になったのだが。)

                         *

結論から言えば、私は無事に帰って来られ、今日まで何事もなく過ごせている。
【アレ】は最初追いかけてきたが、足の速さには自信があったため、どうにか
逃げ切れたのだ。───ただ、【アレ】が言った最後の言葉が忘れられない。

「 お め ぇ  さ っ き も  と お っ た よ な
                            な ん か み た だ ろ ぉ 」

結局、あの老夫婦が何だったのか、何を埋めていたのかは分からずじまいだ。
ひょっとしたらただ単に農作業をしていただけかもしれない。可能性は低いが。

この時以来、深夜の散歩はほどほどにしている。(やめる気にはなれない)
そして、あの田園地帯には二度と行っていない。…否、行けない。  -終わり-

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