綺麗になりましたよぉ?

77 :綺麗になりましたよぉ?_yuka:2009/06/08(月) 22:31:57 ID:iTHsUkPN0
いろんな意味で怖い思いをしたので、書き込み。

末妹のチカの通う高校は山奥にある。
11月の上旬に文化祭があるというので、私と双子の片割れであるマカと2人で見に行く事にした。
(余談だけど私とマカはいつでも一緒にいるせいで、常に何か行動する時は2人で行動している。
学校も職場もずっと同じで、悪だくみも2人が組めば最強の悪童の完成だ)

山奥と言っても道が舗装されていない訳ではないが、通学時間を除いた時間以外は殆ど人通りが無い。
自動販売機などある訳もなく、かなり開いて等間隔に電灯があるだけ。
道の片方は切り立った崖に落石防止のフェンス。片方は何故か田んぼが広がっている。
そんな道を、2人で歩いて学校まで行った。

文化祭の内容はいかにも学生と言った感じだが、懐かしい雰囲気に楽しい時間を過ごした。
そこで見つけたのはお化け屋敷。
自分も昔こんな事をやったなあ、などと話しつつ、冷やかし目的で入る事にした。
(私達は2人とも反応が薄い為、お化け役の人は非常にむなしい事になる。最悪の客だ)

中に入った瞬間驚いた。廊下に出ていたからだ。
どうやら増築を繰り返したせいで、意味のない扉ができているらしい。
扉の向こう側の窓はすべて暗幕がつけてあり、あかりはガムテープから漏れる光と、蛍光灯の明かりだけ。
何故か蛍光灯は全てついており、お化け役も見当たらない。
ただ、無意味に折り紙の輪飾りや七夕飾りが付けてあり、壁に貼ってある落書き(作品?)も不気味だった。
そこを他のお客が歩きまわっている。

「何コレ。つまんね」

マカがボソっと言った言葉に苦笑しつつ、制止の意味を込めて腕を叩いた。
床には赤いガムテープで矢印が記してあり、皆それを見ながら移動しているようだ。
結局最後までお化けは出てこない。そのままグラウンドに出て、お終いだった。

「超、拍子ぬけじゃん」
「ね」

その言葉に同意を示し、下に向けてた視線をちょっと上げればチカが立っていて、話しかけてくる。

「何、アンタこんなとこにいていいの? 学校は?」

片眉を上げれば、チカが不思議そうな顔をした。

「いや、もう教室の片付け終わったから、一緒に帰ろ」
「え、もう?」

マカの驚いた声を聞きながら時計を見れば、既に16時半を回っていた。
学校についたのは13時すぎ。
校舎内を行ったり来たりしながら、かなりの道のりを歩かされていたらしい。

「なんも楽しまずに終わったね」

私と出掛けたっていうだけで楽しかったくせに、歩き回らされた事にたいしてマカが文句を言う。

「ユカ、マカ、置いてくけど」

既に歩き出したチカに名前を呼ばれ、慌てて後ろについて行った。

既に辺りは薄暗くなってきていて、電灯に明かりがつく瞬間を見たとか、虫が口に入ったとか言っては騒いだ。
大分歩いた頃だろうか。前方から太った中年の女が歩いてくる。
女は左右に揺れながらサクサク歩いていた。太ってるのが嘘のようだ。

(あの人歩くの早いなあ……デブなのに)

なんて失礼な事を思う頃には、大分近くなってきていた。

「……ぃ……ぉ……」

何かが喋っているのが聞こえる。

「……ょ……ぃ……」

正面から歩いてくる女が電灯の下に差し掛かったとき、旋律が走った。

「綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ?」

店員さんの様な口調(上がり調子)で、上を睨みつけてニヤニヤしながら、ひたすらブツブツと呟いているのだ。
デブの巨体を揺らしながらサクサクと此方へ歩いてくる。
サクサクサクサクと。
マカもチカその異常さに気付いていないようだ。

「綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ?」

段々と近づいてきて、さらにその異常さに気付いた。

女はサーモンピンクの半袖ニットセーターに、黄土色っぽいロングスカートだったのだ。
今は冬。
半袖では寒い。しかも便所サンダルだ。荷物は勿論持っていない。
そして、ようやくその異常さにマカとチカも気がついた。
顔をニヤニヤさせてお互いに目くばせする。
背中を嫌な汗が流れた。

何 故 気 づ か な い ん だ 。

何故あの異常さに気付かない。
何故変な人を見るような目でしか見れない。
あれは、どう見てもただの変な人ではない。

「綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ?」

その女が目の前まで来た瞬間。
目にも止まらぬ速さで私の首をつかんだ。

「綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ?」

目の端に、驚いた表情のマカとチカが映る。

「っ!!!」

思いっきり胸や腹を殴って女の拘束から逃げ出し、マカとチカを置いて走り出した。

自分だけ逃げる為じゃない。固まって行動不能になった仲間を助けるためだ。
こういう危機的状況の時、私達の結束は強いのだ。
お互いを信じて疑わない。
自分達の役割は、何も言わなくても把握している。
誰かが逃げたら皆逃げ、誰かが捕まったら後戻りしてでも皆で助ける。
どんなに怖くても、どんなに驚いても声を出すようなのはいないから、「逃げろ!」という言葉の代わりだ。

そしてそのまま、学生以来お披露目してない韋駄天走りで駆け抜ける。
マカの息をのむ声がし、チラリと後ろを見た。

「綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ? 綺麗になりましたよぉ?」

女は理解できない速度で追いかけて来ていた。
あの巨体を揺らしながら、サクサクサクサクと歩いている。
歩いているのだ。
歩いているのに、走っている私達と同じ速度を出している。

あいつは異常だ。

だいぶ走った頃、前方に自転車に乗った若い2人の男を見つけた。
テレパシーでも伝わったのだろうか、後ろを走っていた男が振り返った。
その瞬間、ギョッとした表情をする。

(ああ、行かないで……!)

立ちこぎしようとしたその男は、一瞬苦い顔をして自転車から降りてくる。
もう1人の男は、自転車が倒れる音に吃驚して振り返り、そのまま悲鳴を上げながら逃げてしまった。
この女は何なのだろう。あの男達は知っているようだ。
ここら辺で有名な精神異常者なのだろうか。
何故私達はこんな目に合っているのだろうか。

「はぁっ……っ……」

大量に汗をかきながらその人の元に駆け寄れば、男は私達を素通りしてあの女の前に立ちふさがった。
そしてポケットから灰皿を取り出し、女の目の前に突き付ける。

「綺麗にっ……きれっ……」

女は目を高速で瞬きしながら、必死に灰皿から目をそらす。
避ける顔が、ビデオか何かの早送りのように左右へぶれている。本当にそう見えた。
その度に男は女の眼の先へ灰皿を移動させ、私達はその光景を口を開けて眺めていた。
この女、灰皿が苦手なのだろうか……

やがて女が、隙を見て男の手を叩く。
灰皿が地面に落ちた瞬間、女は物凄い形相で赤黒い液体を口から撒き散らし、叫び出した。
腕を掴まれて引きずり回される男。
その光景が怖くて、見ていることしかできなかった。
引きずられている男は様々な場所から血を流し、必死に起きあがろうとしていた。
赤黒い液体が辺りに飛び散る。
その液体は激臭を放っていた。

目の端で誰かが動いたのが見えた。
その瞬間、本能的に私は走り出す。
だってしょうがない。

こういう危機的状況の時、私達の結束は強いのだ。
お互いを信じて疑わない。
自分達の役割は、何も言わなくても把握している。
誰かが逃げたら皆逃げ、誰かが捕まったら後戻りしてでも皆で助ける。
どんなに怖くても、どんなに驚いても声を出すようなのはいないから、「逃げろ!」という言葉の代わりだ。
でもそれは、私達3人だけの暗黙のルール。

先頭を走るマカの背中を見つめながら、小さく謝罪を述べた。
私の横では、チカが必死の形相で走っている。

微妙にしまらないけど、終わり。
ほんのり怖かった……
いつも妹に「ケツのない話するな」って怒られてるからカンベンして。

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