真っ黒なウィンドウ

442 :社員:03/04/29 19:10
俺は情報サービス系の会社に勤めている。
残業で、夜遅くまで会社のパソコンでデータを入力していた時のことだった。
その日は皆早めに上がってしまい、社員で残っていたのは
俺とA美だけだったが、長い間デスクに向かっていて目が疲れたので
ふと窓際の方を見ると、デスクのパソコンの1つが電源つけっ放しに
なっているのに気付いた。うぜーな、誰だよとか思いながら電源を消そうと
そのデスクに近づき、ディスプレイを覗いてみた。
すると・・・何だ、これは?
画面の中でマウスカーソルが一人でに動いていた。
勿論、マウスに触れている者は誰もいない。
カーソルは画面の中をスイスイと軽快に動き回り、的確にアイコンへ移動しながら
次々とフォルダを開けていった。だが、何かのファイルを開く訳でもなく、
ただデタラメに色々な場所のフォルダを片っ端から開いていた。
何とも不気味な光景だった。長いことオフィスにいるが、
こんなの今まで一度も見た事がない。
などと驚いていたのもつかの間、俺は社員の一人が
「遠隔操作でも会社のパソコンは使える」
と得意げに語っていたのを思い出した。
そこで、俺よりずっと早く入社したA美なら分かるかもしれないと思い、
彼女を呼び、「ちょっとこれ、どうなってるか分かる?」と訊いてみた。

するとA美は画面を見たまま凍りつき、みるみるうちに青ざめていった。
肩はガクガクと震えている。「何かマズい事でもあったの?」
訊くと、A美は首をブルンブルンと振り、画面の左下にある真っ黒なウィンドウを
震える指で指した。ウィンドウの中にはアイコンがいくつかあった。
なんかのキャラクターだろうか、妙にかわいい目で
ニコニコ笑っているネズミの顔のアイコンだった。
一番上にあったアイコンの下に表示されていた名前は『岸本 明仁』。
こんな名前の社員なんていたっけ・・・?
少なくとも俺は知らない。隣で未だガクガク震えているA美は
何か知っているようだが・・・。俺は訊いてみた。
「ただの可愛い動物アイコンじゃん。これがどうかした?」
するとA美は青ざめた顔のまま、初めて口を開いた。
「どうして今頃・・・」
「は?」
「これってやっぱり・・・私を探しているのよ・・・絶対そうよ!!」
A美はヒステリックな声を上げ、猛スピードで自分のデスクに駆け出し、
物凄い速さでキーボードを打ち始めた。一体何をするつもりなのだろうか。
もはや俺の出る幕はなかったが、その間も画面の中ではカーソルが勝手に
フォルダを開き続けていった。
その時A美が猛スピードで戻ってきた。片手にフロッピーディスクを握って。
それをガチャガチャと乱暴に押し込み、キーボードで何やら操作を始めた。

俺はあっけにとられながらA美がキーボードを打つのに見入っていた。
指の動きの速さが尋常じゃない。最後にEnterキーをターン!!と派手に押すと、
ガー、ガー、と音が鳴り、フロッピーの読み取りが始まった。
A美は今までにないくらい、真剣に画面を凝視していた。
すると突然、画面で動いていたカーソルがぴたりと止まった。
「間に合った・・・」A美はそう呟き、今度は俺の方に向き直った。
「今のは全部ハッキングよ。もう少しで会社の情報が漏れるところだった」
そう言ったA美の表情は妙にぎこちがなかった。
ハッキングと言ったが、本当にそうだったのか?少なくとも、会社の情報を
盗むのが目的で行われていたようには見えなかった。
フォルダをあんなに開いておいて、ファイルには全く手をつけていなかった。
目的のファイルがあるのなら、誰だって検索機能で目的のファイルを探すだろう。
それすらしなかった。ただひたすらフォルダを開いていただけだった。
それに俺は見てしまったのだ。途中で開いていたフォルダの中にうちの課の
社員の名前が入ったネズミアイコンのファイルがいくつかあったのを・・・。
「あのさ、岸本って誰?」そう訊くとA美は青ざめながら
「知らない。」一言そう言って、パソコンの電源を消し、オフィスを出ていってしまった。

次の日、A美は失踪していた。彼女の消息を知る者は誰もいなかった。
オフィス内では、昨日のパソコンとA美のパソコンだけが、
何者かによってデータを完全に消去されていた。
A美は一体、何者だったのだろうか。今となっては、何も分からない。ただ・・・
それから数日後、岸本という男が自宅で火事に遭い、死んだという記事を新聞で見た。
それだけだった。後は何もない。だが今でも俺は、あの時オフィスで見た
真っ黒なウィンドウの中にあった、ネズミアイコンのファイルに名前があった
社員のことが気になって仕方がない。

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