カッコつけてんじゃねぇよ

527 :1/3:2007/01/12(金) 02:37:40 ID:qo/ppk/60

もう10年ほど前の話。
自分は山手線を利用してデザインの学校に通っていた。
デザイン系の学校は課題が非常に多く、しかも課題のサイズが大きい。
A2サイズのものを作る事もしばしばだった。
ある日、学校に向かう時、その日も課題の提出日で
大きいボードの入るカバンを持って電車に乗った。
運良く一番端の座席が空いたので、自分は座席のすぐ脇の
座席とドアの間に、他の人の迷惑にならないようにとカバンを挟むように置き
片手でカバンを支えながら、座席横のパイプ台に肘を付くと
課題を徹夜で仕上げた疲れに任せて、うとうととし始めた。
(今の山手線と違い、昔は座席の一番端の仕切はパイプだった)
そしてM駅に着いた時だった。
多くの人が降り、また多くの人が乗り込んで来たとき「コン!」という音がした。
何の音かと不思議に思い、目を開けると
混雑した車内だというのに、傘を天井に打ち付けた男性の姿があった。
その日の天気は晴れ。雨に変わるという予報も無かった。
うわ、変な人だ…。
そう思った瞬間、まずい事に、その男性と目が合ってしまった。
私はそのままうつむいて、再び眠ろうとしたのだが、その時声が聞こえてきた。
「カッコつけてんじゃねぇよ…」
何度も繰り返されるささやき声。
何だろう?先程のおかしな男性だろうか。
馬鹿な話だが、私は好奇心に負け、顔を上げてしまったのだ。

すると、私の前に立った人のすぐ後ろに、その男性が立っており、
私を見ながらその言葉を繰り返していたのだ。
うわ、まずい。
再び目があった途端にその男性は、私を見ながら、手を挙げ
にやにや笑いながら、クルクルパーの形を繰り返した。凄く怖かった。
何で自分はこんな目に遭っているんだろう。この人に何もしていないのに。
得体の知れない恐怖に駆られた。
誰か気づいてくれないか、誰か助けてくれないかと私が周りを見回すと。
座っている座席の並び一列、全ての座席前で立っている人たちが、全員私を見ていた。
一列全ての人間が自分を見ているなんて現実なのだろうか。
私は別に奇異な服装をしていた訳でも無い。声も発していない。
なのに、立っている一列の人全員と目が合うのだ。もう寝られるどころでは無かった。
私は半泣きになりながら、うつむいて
男の嘲るような「カッコつけてんじゃねぇよ」と
繰り返されるクルクルパーの仕草に耐えた。
そしてS駅に着いた時、男は降りていき、私はやっと安心できた。
その後、試しに周囲を何度も繰り返し見回したが、
一列全員と目が合うなどという事は無かった。

その後、学校に着き、その体験を友人達に話した。
少しでも話して恐怖感を分散させたかったのだ。
友人達はなぐさめてくれると同時に、自分たちも山手線で通学している事から
その男がどんな風体だったかを聞いてきた。
そこで私は気付いた。
男はサラリーマン風で背広を着ていたが、思い出せる全ての印象が灰色なのだ。
顔も、服も、全てが灰色。それ以外の印象が無い。
その無機質な色の記憶に、更なる恐怖を感じた。
その後も私は山手線を利用しているが、その男とは一度も会っていない。
あの体験は何だったのか、あの男が生きた人間だったのか。今でもわからない。

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