マイクロバス

48: 全裸隊 ◆CH99uyNUDE 2006/05/04(木) 09:13:07 ID:/uJujMhz0

職場の近くに、登山サークルがある。
その登山サークルで、雪崩による死者が出て数週間。
事務所の前に、マイクロバスが止まっていた。
それほど珍しい光景ではない。
そこでは数ヶ月に一度、そうした光景を見ていた。
いつもと違うのは、笑顔がひとつも見えないことだ。
追悼だな、とそれはすぐ分かった
俺にも経験はあるが、あまり良い気分のものではない。

遭難事故の後、深夜まで事務所の灯が消えず、後始末に
追われていた頃、菓子を差し入れたことがある。
その折、顔を合わせた男性が、バスの前に立っている。
目が合い、挨拶を交わした。
追悼ですねと声をかけると、あと二人来てないんですと答えた。
それで全員だと付け加え、視線を泳がせた。
バスもそれで満席になりそうだった。

携帯電話で話しながらバスから降りてきた女性が、電話を切り、
残りの二人は、急用か何かで来られなくなったと告げると、
それで出発ということになった。

俺は少し待ってくれと言い、すぐ前の酒屋で酒を二本買った。
遭難事故で死んだのは、二人だったはずだ。
出発直前に来られなくなったのが。二人。
帰りのバスは、満席になっているだろう。
酒を差し出すと、相手は、現場で飲ませてやりますと言った。
俺が、帰りのバスで飲ませてやって下さいと言うと、
少し考え、はっとした顔で俺を見た。

現場に撒くだけでは、そこに居ろってことにもなりますね。
長年、山をやっているが、そんな風に考えたことはなかったと
相手は言い、目から鱗だと小さく笑った。

走り出したバスを見送り、俺は駅までの道を歩いた。

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