水音

913: 全裸隊 ◆CH99uyNUDE 2006/06/26(月) 23:01:14 ID:b7wLs3j70

古い、カビ臭い屋根型テントの中、これといって
やることもなく過ごしていた。
時間を持て余していたわけではない。
特に何もせず、ぼんやりできる贅沢を堪能していた。
同行している知人も同じだ。
その山で育った彼は、目を閉じ、山そのものに浸っている。
狭いテントの中、二人別々に、心地よい孤独に浸っていた。
水音。
ちょろちょろと流れる音が聞こえる。
外を流れる川からは、せせらぎというには騒々し過ぎる
水音が響いているが、それとは違う。

テントの中だ。
見回し、這い回り、耳を澄ます。
目と耳が支柱を捉えた。
アルミ製の支柱が、二本でテントを支えているが、
音がするのは、入り口に立てられた方だ。

高さにして中ほどあたりだろうか。
そこから水音が漏れてくる。
支柱に耳を当て、地面と接する所まで降ろすと、
そこから下、深い穴へ水が流れ込む音がしている。

手が出た。
支柱をつかみ、持ち上げようとした。
「やめろ」
知人の声が聞こえた時には、支柱は数ミリ持ち上がっていた。
中空の支柱からは、水滴ひとつ落ちてこない。

支柱を元に戻し、耳を当てた。
何の音もしない。
振り返ると、知人は薄笑いしている。
「明日は水無しだぞ」
訳が分からない。
翌朝、ザックの中にあったはずの、水を入れたポリタンクが
テントの外、蓋を開けられ、転がっていた。
拾い上げると、ほんのわずかな水が残るだけだ。
川の水は、飲めないと知っていた。
「湧き水は無いぞ」
仕度をしながら、知人が告げた。
水無しで一日。
彼はそれを受け入れていた。
「仕方ないよ、お前が水止めちまったんだ」

飲み物くらい、何とかならないのか。
降りれば、自販機だってある。
「今回は、無理だろうな」
自販機は売り切れか故障か、何かの作業中だろうと言う。

遭難には気をつけろと、何度も言われた。
今回は、水が手に入らない。

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