病棟ヘルパー

327 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/21(金) 12:41:28 ID:nDkuuSzz0

数年前、病棟ヘルパーになったばかりの頃のお話です。
病棟ヘルパーっていうのは、病院によっては看護助手とか呼ばれることもありますが、
医療行為は一切せず、身体を拭いたり、排泄のお世話をしたり、シーツ交換やお食事介助、
入浴介助など入院患者さんの身のまわりのお世話をする仕事です。
新人の頃出会った患者さんにMさんという人(男性)がいました。
Mさんは初期の癌らしく(ヘルパーは病気についてあまり詳しく知らされません)、
手術目的の入院でした。私をナースと間違えていた、ととても真剣に謝ってくれるような、
なんだかとってもお人よしなかんじの優しい人でした。
Mさんには2~3日に一度お見舞いに来るY子さんという奥さんがいました。
きゃしゃで色白な美人で、本当に同じ女に生まれてこうも違うものかと思ったものです。
でも、あるときMさんに
「本当に奥さんきれいですね。あんな細くて色白だったら私も人生違ったなー」
と言ったら、笑いながら
「ありがとう。・・・ただ、色白とか細いとかあまり本人には言わないでね。
あいつ、生まれつき身体が悪くて運動できなかったんだ。そういうの気にしてるからさ」
ということでした。私みたいに頑丈なだけが取り柄の女には想像もできませんけど、
あんなにきれいな人でも悩みはあるんだなー、と思いました。
Mさんは無事手術も終わり、体力の回復を待って退院していきました。
私にとってははじめて関わった患者さんなので退院のときの感激もひとしおでした。

それから数ヶ月して、ヘルパーの仕事にも慣れてきた頃でした。
またMさんが入院してきたのです。
皆さんもご存知のとおり癌は再発したり転移したりするのです・・・。
きっとそういうことなのでしょう、ヘルパーの私にはあまり難しいことはわかりませんが。
今度はY子さんはお見舞いに来ていませんでした。
どうしたのかと思ってMさんに聞くと、
「あいつの身体のこともあるから、福岡の実家に帰したんだ」とのことでした。
Mさんも病気で大変なときなのに、奥さんのことまで思いやって本当に優しい人だな~と感心しました。
かわりに今度はMさんの実のお父さんが毎日いらしていました。
お父さんもMさんとそっくりで優しそうな方でした。
ある朝Mさんのいる大部屋に入るとMさんのベッドが空いていました。
「ああ、今日手術なんだな・・・」と思いました。
担当ナースのKさんが
「Mさんは今日オペで、明日以降ICUよ。
しばらく会えないわね。Aさん(私)Mさんのことお気に入りだからさびしいね」と、
他の患者さんの前で言うので私は顔から火が出そうになりました。。。
10日ほどたった頃でしょうか、Kさんに
「Aさん、Mさんからご指名よ。昨日から○号室(個室)に移ったの。清拭をお願いしたいって。(ニヤニヤ)」
と言われました。
・・・Kさんたら、いくら私がMさんのこと好きでもあんなきれいな奥さんがいるのに
うまくいきっこないじゃない・・・、とまた顔を真っ赤にしながら○号室へ急ぎました。

「Mさんこんにちは。手術お疲れ様でしたね」
つとめて普通にして部屋に入っていきました。
部屋にはお父さんがいつものように穏やかな微笑みを浮かべて座っていました。
「すみませんね・・・。今Mは電話しに行ってるんですよ」
「え。もうそんなに回復してるんですね。じゃあ退院もすぐですね」
「・・・・・・そうですね・・・・・・」
お父さんは少し悲しそうに見えましたが、そのときは気のせいだと思っていました。
しばらくしてMさんが点滴台をひきずりながら戻ってきました。
少しやつれたように思いましたが、まだまともなお食事ではない(その日から流動食開始でした)ので当然か、
と気にもとめませんでした。だって本当に笑顔がこぼれ落ちそうなくらいだったのです。
「あのね、Aさん。Y子がね、妊娠したんだって。うれしいよ。本当にうれしい。俺諦めていたからさ。
産むのは無理だと思ってたから。でもお医者さんが管理してくれるから今の医学なら産めるんだって。すごいね、医学って本当」
いつになく興奮ぎみです。
ちょっと複雑な気持ちを感じたことは否定できませんが、私も自分のことのように喜んであげることができたと思います。
「えーじゃ早く退院しなくちゃいけませんね。早く奥さんの顔みたいでしょ」
「うん。新幹線も飛行機も、万一のことがあるといけないからこっちに来るなって言ってあるんだ。早く会いにいきたい」
幸せいっぱいの顔でした。

そして。またしばらくたったある日、
「Aさん俺あさって退院だから、明日のお風呂予約してよ」
とMさんに言われました。
翌日・翌々日は珍しく連休をとって友人と旅行に行くことになっていましたので、
「わかりました。予約しておきます。でもごめんなさい、私ちょうどお休みなんですよ。
退院のときのご挨拶はできないですね。残念です。でもまた検査とかでいらっしゃいますよね。そのときは声かけてくださいよ」
「・・・そうなんだね・・・。うん。残念だけど・・・。Aさん元気でね。俺のこと忘れないで」
「そんな、忘れるわけないじゃないですか!」
「そうだよね。Aさん忘れないでいてくれるよね」やっといつもの笑顔で言ってくれました。

そして休み明け、出勤するともうMさんは院内にはいませんでした。
少しさびしかったですが、患者さんが元気になるのはいいことですから、
私も喜ばなくちゃ、と思いながらまた毎日のようにお仕事をはじめました。

それからどれくらいたったでしょう・・・。
それからどれくらいたったでしょう・・・。
私の契約は夜勤なしなので9時―5時です。
5時に仕事を終え、着替えて病院の前から駅へ向かうバスに乗り込み、ふと外を見たときでした。
Mさんがバス停から少し離れた救急口の近くに立って、こちらをとてもとても悲しそうな顔で見つめていました。
「あ、Mさん」バスが発車してしまったのでMさんに声をかけることもできませんでした。
次の朝出勤したとき、夜勤明けだったナースKさんに会ったので、
「ねえねえKさん、昨日Mさん来てたみたいですね。バス停から見えたの。会えなくて残念だった~」
と言いました。
Kさんは「え?」少し変な顔をしましたが、私はもう仕事がはじまっていましたので
その変な顔についてなにも聞くことができませんでした。

その日の5時すぎ。着替えて帰ろうとしたところへKさんがやってきました。
「あれ、Kさん今日夜勤明けのお休みですよね」
「うん、Aさんに話があって、一眠りしてからまた来たんだ。ちょっといい?」
院内では差し支えがあるらしく、駅近くの喫茶店へ行くことになりました。
「実はAさん、・・・きっと詳しく知らされていなかったんだろうけど。
Mさんってもう末期で手のほどこしようがなかったの。退院したんじゃなくてホスピスに転院したの」
「え?」
「手術もね、本当に、開いたらなにもできなくてすぐ終了しだったんだって・・・。
私もそのへんは担当じゃないから詳しくないんだけどね」
「・・・」
「たぶんもう・・・Mさんここに来る体力なんてないはず・・・。もしかしたら・・・。なのにどうして」
「Mさん元気そうでしたよ。悲しそうだったけど」
「悲しそうだった・・・。あのね、言いにくいな。昨日・・・、真夜中に急患が来たの。
自殺未遂。・・・すごく言いにくいけど・・・。Y子さん・・・」

「Y子さんってMさんの?」
「うん、間違いない」
「じゃまさか・・・」
「昨日は処置しかできなかったけど、今日はご家族の方とかに詳しい話聞けてるかも。
明日にでも日勤だった人に聞いてみるね」


翌日はお休みだったのですが、翌々日帰宅の前、Kさんに呼び出されました。
「Aさん・・・。Mさんやっぱり・・・」
「はい」
「Mさんが危なくなって、いよいよだから、ってY子さん福岡から駆けつけたんだって。でも間に合わなくて」
「Y子さんずっと福岡だったんですか」
「お腹の赤ちゃんに万一のことがあったら、ってずっと実家にいたらしいよ」
「じゃあ会ってなかったんだ・・・」
「ところがMさんとY子さんがそこまでして守り続けてた赤ちゃんね、・・・心音停止してたんだって・・・」
「!!!」
「それで・・・ゆうべ。」

Kさんは私がショックを受けると思ってこの時間までなにも言わずにいたらしいです。
でも私だいたいのことはわかっていました。
一昨日の夜Mさんが家に来たから。
Mさんはもちろん実体じゃないんだけど、全然怖くありませんでした。
「AさんY子をよろしく。Y子をお願い。俺の言葉伝えて。
Y子が幸せに暮らすことこそが俺の望みなんだって。Y子はなにも悪くないって。
悪いのは俺なんだから。ずっと見守ってるから変な気起こさないでって。お願い伝えて。
なんか俺のこと見えるのはAさんだけみたいなんだ。親父もY子も見えないみたいなんだ。
だからお願い」
「わかりました。伝えます」と答えるまで何度も何度も。

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