修理中のラジオ

810 :本当にあった怖い名無し:2008/12/06(土) 17:15:14 ID:o5rrNflS0

家は昔質屋だったと言っても、じいちゃんが17歳の頃までだから、私は話でしか知らないのだけど、
結構面白い話を聞けた。

修理が終われば購入を考えているのだろうか、
その客は毎日の様に店に現れ、『修理中』の紙が貼られたラジオをいつも眺めていた。
茶の間から店を覗くと、時折彼と目が合う。するとにこりと笑いかけてくれる、愛想の良い客だった。
そんな客とは正反対に、彼がお金にならない客と判断してか、
全く接客をしないで黙々と帳簿を付ける無愛想な親父をみて、喜一はあきれたのをよく覚えている。 

『修理中のラジオ』
「喜一、ちょっくら出てくる店頼むぞ」
親父は喜一の返事も聞かずにさっさと出かけて行き、喜一は否応無しに店へとかり出された。 
大きなあくびをしながら店へと出ると、思わずあくびが止まる。『彼』がいたのだ。 
喜一に気づき「やぁ…こんにちは」と、彼の方から挨拶してきた。痩せた優しそうなおじさんだ。
喜一も軽く挨拶をすると、彼はまた骨董を眺め出した。

特別する事も話す事も無い喜一は、ボケっと人間観察をしていた。
すると喜一の視線に気づいたのか、彼の方から話しかけてきた。
「ここはいいね。いい骨董屋だ。品もキレイに監理されている」
そう言われると、骨董屋と言う職に誇りなんて持ってはいなかったが、悪い気はしない。
喜一は気恥ずかしくも礼を言うと、何だか彼と親しくなれた気がした。 

そんな彼が、いつからか「あれは何だろう…?」と店の外を指さす様になった。
「あれ?」 
店の外は、ただの寂れた商店街通り。この時間は人も歩いていないのに、彼は何に反応したのだろう?
首をひねらすと彼は、
「いや、いいんだ。田舎町は初めてだからかな。すぐ何でも珍しがってしまうんだ」と言うだけだった。
喜一もその時は気にもしなかったが、 
「また、あれが来ているね」
「あれはずっとあの形なのかな?」
「あれはどうして少しづつ近づくのだろう」などと、
彼の発言は、日に日に喜一の好奇心をふくらませて行った。 
喜一が「どこどこ?」と店を飛び出すたびにアレは消えてしまうらしく、
喜一は一度も目にする事は出来なかった。 

彼を見る様になって1ヶ月ほど経とうとする頃、久々に店番をしていた喜一の前に彼が現れた。
所が様子が変だ。
番台にいる喜一の前に立ち、下を向いたまま動かない… 
何事か?と思った喜一も、緊迫した空気に飲まれ動けずにいると、ゆっくり顔を上げた彼が、
「ねぇ…あれが見えるかい?」
喜一の顔をじっと見て、冷や汗をかき、必死な顔で言うのだ。いつもの様に外を指さすわけではなく。 
その瞬間、喜一は急に恐ろしくなった。アレが解らないし見えない。
喜一は正直に頭を横に振ると、逃げるように去って行った。

彼はその日を最後に、謎を残したまま現れなくなった。 

それから数日後。
はたきがけを手伝わされた喜一は、あのラジオの埃を取り払うと、ふと彼を思いだし店の外を眺めた。
外は何でもない商店街の風景…小さな子どもが縄跳びをしている……
「アレは何だったんだろう…」
独り言の様にぽつりと言うと、親父が帳簿に視線を落としたまま答えた。
「あぁ……迎えか?」
親父はアレを知っていた。
「迎え?何の?」
驚いた喜一を見て、今度は親父が驚いた顔をした。
「四十九日だよ。…おめぇ、あいつが人間に見えたのか?」
そう言うと親父はラジオの前に立ち、
「迎えが来て助かった。あのまま憑き物にでもなられたら、祓い代もバカにならんからな」と言うと、
ラジオに貼ってあった『修理中』の紙をビッと剥がし、クシャクシャと丸めて捨ててしまった。 

修理中のラジオの『修理』の意味と、客では無かった『彼』と、
四十九日かけて迎えに来る『アレ』の正体がようやくわかった喜一は、ふと思う。
「あのとき自分は、何に恐ろしくなったのだろう?」と。

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