民宿に2泊3日

322 名前:8-1 :2006/01/14(土) 06:26:06 ID:LzPsH4zx0

従姉の話です。

ある夏、社会人2年目の従姉は、学生時代の友人(女性)と二人で
海水浴に出かけました。場所は若狭湾。民宿に2泊3日の予定でした。
若狭方面に向かう道は意外と混んでいて、
従姉達が民宿に着いたのは夜の9時過ぎでした。
その日は疲れていたこともあり、二人はすぐに床に就きました。

翌日、従姉達は朝のうちから海に出て、泳いだり砂浜に寝そべったりして
過ごしました。人気のある場所らしく、家族連れ等、沢山の人達で
賑わっていました。

やがてお昼になり、従姉達は昼食を摂りに民宿に戻りました。
民宿は海水浴場から歩いてすぐの場所で、海辺で遊ぶ人達の声が
聞こえてきました。昼食後、従姉達は自分達の泊まっている部屋に
戻りました。そこで二人でおしゃべりしているうちに、
朝からの水泳がもたらした心地良い疲れと満腹感で気持ち良くなり、
少しの間、昼寝をしようと言うことになりました。

開け放した窓からは、夏の日差しが射し込み、海辺で遊ぶ人達の声と
波の音が遠くから聞こえました。時折、潮風がそよそよと吹きます。
うとうとしていた従姉達は、すぐに眠ってしまいました。

どのくらい経ってからでしょうか。
従姉は「眠って10分も経っていなかったと思う」と言っています。
部屋のドアが開いて、人の気配がしました。
ドアの内側の靴脱ぎ場と和室を隔てる襖の陰から、
誰かが中を窺うようにしているのが分かります。

「泥棒!!」
叫ぼうとした従姉は、しかし、声を出すことはできませんでした。
それどころか、体が動きません。
「極度の緊迫で金縛り状態になったんだわ。」と従姉は思いました。
体を横にして寝ていた従姉は、向かい合って眠っている友人に視線を戻しました。
「なんとか、気づかせなくちゃ。起きて!」
しかし友人は熟睡しています。

侵入者は男でした。不幸中の幸いと言うべきか、男は一人でした。
そしてその男は、足音を忍ばせて部屋の中に入って来ました。
「ここで下手に騒いだら、却って危ない」と感じた従姉は
眠ったふりをして、うす目を開け、男の動向を見守ることにしました。
同時に、友人が目を覚まさないように必死に祈りました。

男は部屋の中を物色しているようでした。
物音に気を使いながら、うろうろと歩き回っては立ち止まり、
従姉達のカバンの中や、座布団の陰を調べているのが
男の立てる音から分かりました。

しばらくして従姉は、自分が横になっている畳が僅かに
沈み込むのを感じ、開いていたうす目を堅く閉じました。
男の立てていた微かな物音はやみ、海辺で遊ぶ人達の嬌声と
波の音だけが聞こえます。従姉は、慎重に、細心の注意を払って、
開けているか開けていないか分からないくらいのうす目を開けました。
ベージュのズボンの裾から白い靴下を履いた足が覗いているのが見えました。
男は従姉の顔の前に立っていたのです。

胸が早鐘のように鳴り、従姉は自分の顔色が変わったのを
男に気取られるのではないか、と慄きました。
そして、とにかくその男が早く部屋から居なくなってくれるように、
友人が途中で起きて騒いだりしないように、必死に祈りました。

男は従姉達が眠っているかどうかを確かめたかったのでしょう。
足しか見えませんでしたが、従姉と友人を交互に見やっていたのだと思います。
やがて入って来た時と同じように物音に気を使いながら、
今度は開け放している窓から、そっと出て行きました。

うす目を開けていた従姉は、外の様子を確認してから
窓枠に足を掛けて出て行く男の後ろ姿を見ました。
逆光で分かりにくかったのですが、白いポロシャツを来た中年男性だったようです。

金縛りはとっくに解けていたのかも知れませんが、
「自分が一部始終を見聞きしていたことに気付いた男が戻って来るのでは」
という恐怖から、従姉は寝たふりを続けました。
そして、「もういいだろう」という頃になって、そっと体を起こしました。

従姉が体を起こすのと丁度同じくらいに、友人が目を覚ましました。
従姉は「盗られた物をチェックしなくては」と思い、
友人に事の次第を説明しようとしました。
しかし、従姉が口を開くより早く、友人が震える声で言いました。
「○○ちゃん(従姉)、見た? 見たよね!?」

話を聞くと、友人も男が部屋に入って来たのに
始めから気付いていたそうです。そして、熟睡する従姉にそれを
伝えようとしたのですが、金縛りに遭い、ままならなかったそうです。
その後も従姉と同じで、恐怖の為に寝たふりを続けていたのです。

二人は取敢えず、被害の確認にかかりました。
幸い財布や貴重品はなくなっておらず、下着類も盗まれていませんでした。
とにかく、不法侵入ということで、宿の人に話して警察を呼んでもらおうと言うことになりました。
その時点になって、従姉達はあることに気付きました。

民宿は、庇も何もない真四角の建物で、従姉達の泊まっている部屋は
その建物の3階だったのです。

奇妙と言えば、窓から身を乗り出した男の後ろ姿には違和感がありました。
いくら日の光を浴びて逆光だからと言って、あそこまで黒く目に映るでしょうか。
男のシャツは白かったと感じたのに、その後姿は影絵のように黒々とした印象を与えたのです。

そして部屋の鍵。用心深い従姉が、旅先で部屋に鍵をかけないなど、あり得ないことでした。

従姉達は予定を切り上げ、まだ日の高いうちに若狭を離れました。
「宿泊先で怪現象に遭った人が、ホテルの従業員に原因を尋ねたりする話があるけれど
 私には、その神経が分からない。」と従姉は言います。
本当に恐ろしい目に遭えば、その原因など知りたくもないし、
それにまつわる話など聞きたくもない、と言うのです。
事実、従姉達は民宿の人に話をすることもなく、警察に届けを出すこともなく、
そそくさと帰って来てしまいました。


ある夏のよく晴れた日、白昼の出来事です。

前の話へ

次の話へ