おとんを見た話

616:本当にあった怖い名無し:2010/01/17(日) 20:00:10 ID:6GPZbK0c0

おとんを見た話。 

無駄遣いと言われても、喫茶店で一人でお茶するのが好き。
今時の『カフェ』といった洒落た店ではなく、いわゆる喫茶店が好き。
たいてい流行ってなくて、客が少ないのも好き。

古本屋で買ってきたばかりの短編集なんかを持ち込んで、
誰にも邪魔されずゆっくりとコーヒーをすする、至福の時間。
その日はウインナーコーヒーを飲んでた。 
カプチーノとかラテとかじゃなくて、生クリームがどーんと乗っかってて、シナモンの香りのする甘いコーヒー。
自分はこれが大好き。おとんも好きだった。 
それをすすりながら、本の世界に没頭してた。

突然、キインと耳鳴りがして、その後、周りの音がスーっと引いていった。
貧血になったときと似てた。でも頭はぼんやりしなくて、むしろ冴えわたってる感じ。 
そして、店の一角が光り輝きだした。
向かい側のボックス席の隅っこに、おとんが座ってこっち見てた。
にこにこと笑ってて、しかも金色の後光まで差してた。
自分と同じように、コーヒーカップと文庫本を目の前のテーブルにのせて、こちらにむかって微笑んでいた。 
賛美歌でも聞こえてきていいくらい、天使のようなおとんだった。
生きているときは、ろくに風呂も入らない、酒飲みの汚いジジイだったのに、
光の効果なのか、なんか肌もツルツルで、この世のものじゃないキレイなおとん。

もうびっくりして声を上げたいのに、声を上げるどころか体も動かせない。完全な静寂。
けど、不思議とまったく恐怖感は無かったな。出てきてるのおとんだし。
なんか必死で、心の中でおとんに呼びかけたよ。
なんで突然死んでしまったんだとか。
仏壇に見向きもせずごめんとか。 
お供え物のタバコ吸いまくってごめんとか。
今何読んでるんだとか。 
死んでも大好きな読書ができてるんだな。
少し天使っぽくなっちゃったけど、変わりなくて俺は嬉しいよ、とか。 

もう最後には言うことなくなって、心の中で『おとん!おとーん!』って名前呼び始めたら、 
おとんは満足したのか、ふんっと笑って視線を文庫本に落として、それで消えてしまった。
ぷわっと消える前の電球みたいに、一瞬光って消えちゃったよ。

じわ~っと周りの喧騒が耳に戻ってきて、後はもう何事も無かったかのように、周囲は平凡な喫茶店。
心拍も落ち着いてて、汗なんかもかかなかった。
ああ、おとんに会えたな~としか思わなかった。 
邂逅の場としちゃ、墓前なんかよりよほどしっくりくる場面だったし、
おとんが現れたってことに、違和感を感じることができなかった。

いつかまた、おとんが好きそうなところで、おとんが好きだったことに没頭してたら、 
思いがけず再会できたりするんじゃないか、と期待してるのだけど、 
まだ、おとんには1回しか会えてないです。

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