幻肢

396 :本当にあった怖い名無し:2010/03/12(金) 10:32:30 ID:mJhtQ1PuO

以前、こちらに書かせて頂いた、開業医を営んでいる者です。 

当院は少ないですが、一応入院施設もありまして、時間内救急指定を登録してます。 
私は囲碁が趣味で、本来入院患者さんとの個人的な交流はマズいのですが、
当時入院をされていたプロ棋士のFさんと、毎夜静かに手合わせをしていました。 
Fさんの部屋は三人部屋で、同室には二週間前に機械事故で右肘以腕切除の、Yさんのベッドもありました。
Yさんの手術後数日は、Yさんの御家族が院泊されてましたが、Yさんの肩がリハで動かせるようになったその頃には、
もう一日一回見舞い程度になっていました。
後はリハを続け、傷口の治療なので、私の仕事は術後経過程度で、残りはセラピストと義手技師の仕事でした。 

日課の消灯前の手合わせをFさんとしていると、
「先生は囲碁お強いんですか?」と、Yさんから声を掛けられました。
当院に救急で運ばれてから、ずっと塞いでおられたYさんに声を掛けられて、
普段なら「おや、ご機嫌は如何ですか?」など返すところですが、 
その時の私は、「え、いや・・・」と、間抜けに応えるしか出来ませんでした。 

今でこそ老眼の眼鏡は必需品ですが、その頃の私は目の良さが自慢でした。 
その私が目の錯覚と思える程の、驚きの不可思議な光景がそこにありました。 
Yさんは上体を起こした状態でベッドに座っていて、胸の高さにマグカップが浮いてるのです。 
私は声も出せずマグカップを眺めていると、Yさんの包帯を巻いた右腕が動き、カップが動いたかと思うと、
おもむろにYさんはカップを煽り、残りを飲んでしまわれました。
またYさんの右腕が一旦下がり上がると、マグカップがすうとベッド横のチェストテーブルに着地。
まるでYさんの見えない肘の先が、マグカップを動かしたように見えたのです。 
私は失態を隠すように、「飲み物を看護婦に持って来させます」と、取り繕いうのが精一杯でした。 

囲碁の後、談話室で先程の光景を反芻していると、Fさんがやって来ました。 
「先生も見ましたか?」と言われ、「ええ」と短く答えました。 
Fさんは、先程の現象はカーテンで見えなかったのですが、昼等に幾度か見たそうで、
私の表情で、「それ」が何か分かってたようです。 
「彼にはまだ右手があるんでしょうな」と、Fさんは私の授業料の缶コーヒーを啜りながら付き合って戴きました。
ちなみに本人には言ってないそうです。 

しばらくして、Yさんは術後経過も良好で、義手リハのため専門の病院へ移りました。 
そして、セラピストの報告書に目を通していると、メモ欄に、
『足元に何かが落ちる音がして、見ると自分が飲んでる缶ジュースのリングプルが落ちていた。
 自分でどうやって缶を開けたのか覚えていない』
旨のことが書いてありました。
私は、あの能力があれば義手も必要ないのでは?と考えると、今でも不謹慎な笑みが出てしまいます。 

PostScript 
若い方の為に補足しますと、昔の缶ジュースは今のプルタブと違って、 
リングプルという方式で、完全に缶から抜いてしまわないと飲めませんでした。 
昔の道路の片隅にはよく、このリングプルが落ちている光景が見られたものです。

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