入らずの山

406 :kagiroi ◆KooL91/0VI :04/08/07 00:41 ID:SptJlQZf

これも知り合いのお話で申し訳なが、ひとつ。
その人も一人で山に入って、 
そんなに険しい場所に行くわけでもないんだけど 
単独でのキャンプが好き、という程度。 
近所の山、頂から街の灯が見える程度だけど 
奇麗な川と静かな森に入って、一人静かに本を読んだりしてる。

その日も一人でお気に入りの峰を上って、いつもよりもやや 
高い場所で野営する事にした。そんなに大きく場所は違わない。 
軽い食事を済ませるとウィスキーを舐めながらお気に入りのカンテラで 
いつものように読書をしていたらしい。冬の剣岳や白馬なんかにも登ったという 
結構な猛者だから、深夜の闇などに脅えるわけでもなく、心静かに居た。

ただ、その日は何かが違ったのだという。何かは解らないけど。 
夜も更けて街の灯かりも遠く感じる頃、異変が起こった。 
目の前の闇が動く。以前にも何度かそういうのに遭遇してるらしい。 
これは何かあるな、と思って、いつでも動けるようにシュラフだけで横になった。 
リュックを置いた方の闇が、揺れるように動く。何か居るわけでもないのに。

見ると良くないという知識からその人は見ないようにしながらも 
不測の事態に備えていつでも動けるように構えていた。 
やはり動く気配だけが背中の方から伝わってくる。 
これはまずいな。そう思った彼は寝袋から出ると 
それをそそくさと仕舞いリュックを背負った。 
来た。そう感じたので立ち上がり、暗いとはいえ慣れた道だったので 
カンテラを頼りに歩き始めた。野犬や何かの動物なら走るとまずい。 
ゆっくり、しかし少し大股に歩くと何かにぶつかった。
何だ?カンテラで照らすがただの闇。少しの恐怖心から後ずさりすると 
やはり何かに当たった。振り返り照らすとやはり闇。 
試しに左右にも動いたが遊歩道にも関わらず、何かにぶつかる。 
囲まれた。味わった事のない恐怖から立ちすくむ。 
目を凝らすとやはり暗闇が少し揺れながら動いているのが解る。 
これはまずいなぁ。諦めかけたその時、前方に人の気配がした。

そこには複数の人間。解る人には解るのだが、菅笠をかぶり 
背中を支えで押されながら漆黒の闇を歩き修行をする高僧の一行。 
助けを求めようと動いた時、目の前の闇が素早く動いて掻き消えるように感じた。 
前へ。進める。すぐ側まできたその一行に声をかけて事情を説明すると 
それはこの辺りにいる妖しだろうとの事。あなたが居たのはそのものの居場所。 
彼らとて居場所を無くして彷徨っているのだから、無闇に入ってあげないで欲しいと言われた。

後日、その場所をまた訪れてみると、自分がよりかかっていた大木の上方に 
細い古い注連縄と、その裏に解読不明の文字が書かれた石碑がひとつあったそうな。 
入らずの山。結構身近にもあるものだと教えてもらった。

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