登山道具の価格

779: 全裸隊 ◆CH99uyNUDE 2005/06/04(土) 01:02:56 ID:+i/3L+6V0
俺を含め、金の無い山好きにとって、登山道具の価格は、時に犯罪的だ。 
いくつかの道具など、その価格や謳われている効能、機能からして 
充分、詐欺罪で告発できるのではないかとさえ思える。 
能書きが多い道具は特に注意が必要で、能書きが多い道具で、値段との 
比較で後悔しなかったのは、ビクトリノックスの多徳ナイフくらいのものだ。
リサイクルショップなどと言う、まあ古道具屋では、古い山岳用品が 
時に陳列され、販売されている。 
無論、格安で、これまでに一番成功した買い物は、プレスでなく鋼の打ち物の、 
鍛冶職人の名前が掘り込まれた古い八本爪のアイゼンだ。 
購入後、20年を過ぎているが、ガタひとつなく、爪は研ぎを重ねて 
実に具合よく、程よく雪や氷に食い込む。

知人はテントを買った。 
古いタイプの一人用テントで、今時の物のように軽くも小さくもなく、 
それ一つで小さなザックの半分を占めてしまう代物だが、何しろ安かった。 
焚き火の煙が染み付いたような臭いがして、赤い色はあせていて、ポールは 
傷だらけだったが、小学生の小遣い並みの価格に惹かれ、ついつい購入して 
しまったらしい。

ざっと広げてみると、破れもなく、細紐の状態も充分実用範囲だ。

彼より早くそれを使う事になった。 
そのテントを借り、背負って歩き始めた時は、その重さに愕然としたものだ。 
一人用のテントだとは信じられない重さで、いかに古いテントとはいえ、これは 
たまらんと、早々に計画を変更し、行程を大幅に削った。
星がよく見えそうな、林道脇の開けた台地で、ここらで寝るかと思いながら 
ザックを降ろし、テントを引きずり出し、設営した。 
コンロの火で簡単な夕食を仕立て、ぽつぽつ数を増やす星を眺めながら食った。 
食い終わり、片付けが済むと、星を眺めたり、妄想に恐怖する以外に 
さしてする事もなくなったので、座り、横になり、立ち上がり、星の光に心奪われ、 
少しの物音に怯え、ゆるやかに物思いにふけった。

そろそろ寝るかとテントにもぐり込み、巾着袋の口のようになった入口の紐を絞り、 
腹ばいになった。 
懐中電灯を点灯し、ザックから飴玉を取り出した時、テント側面の赤い生地と 
床面のグレーの生地が折り重なった部分に目が行った。 
破れを探した時には、しっかり広がらなかった箇所だ。 
黒っぽい色のマジックで何か書いてある。

乱れた字に胃袋がすぼまった。

妻へ 
心配してるだろうか 
バカなやつだとおこってるか 
君が笑っていないだろうことが 
なにより悲しい 
伝えたいコトはもっとあるのに 
ユビがうごかない 
またかく
朝になり、テントをたたみ、そのまま下山した。 
テントは軽かった。

またかく、とあるのは、また書く、という事だろうが、 
目にした以外の書き付けがあるかどうか、友人もいまだに確認していない。 
確認する気になど、到底なれない。 
友人は、そのテントをしまい込んだまま、一度も使っていない。

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