小豆洗い

825: N.W 2005/06/06(月) 13:33:08 ID:C+frt+Gg0
今は昔。 
頃は春、飛弾の高山祭を見物に行った時のこと。
市内からほんの数キロ離れた大きな民宿の、川沿いの離れがその日の宿だった。 
飛弾には旨い地酒が多い。 
我ら呑んべぇライダー3人組は、昼間求めておいた「食後の酒」だけでは足りず、 
とうとう「土産用の酒」までスッカラカンに空けてしまった。 
まだ呑み足りないが、帳場は既に閉じている。足はあっても店がない。 
「しょうがないから寝るべ」となって布団に入り、電気を消した。 
互いの寝息の他には、川のせせらぎや木の葉摺れぐらいしか聞えない。 
なんだか、耳鳴りしそうなぐらい静かな夜だった。 
…少しウトウトしかけた時だった。 
川のせせらぎに混じってなんだか、シャキシャキ、かすかな音がする。 
木の葉摺れとは違う、妙に規則正しい音で、そこにかぶせて何やらはっきりとは 
聞きとれないが、爺さまの声のようなものも聞える。 
(何だろう?)と思ったら、二人も起きていたらしい。 
「何か聞える…」 
「なんだ、あれ?」 
「わからん」 
悩んでいると、唐突に一人が「明日、朝御飯、おこわかなぁ」と言いだした。 
「はぁ?」我々二人は訳が分らない。 
「だって、今頃、米研いでるし…」 
ああそうか、そう言われれば米を研ぐ音に聞える。爺さまの声のようなものは 
きっと水道の音だ。こんな静かな所だからよく響くんだ。 
納得した我々は、それきり音を気にする事なく眠りに就いた。 
次の日、宿の人に夜中の米研ぎの話をしたら、こう言って笑われた。 
「夜中にそんな事しません。それは“小豆洗い”です」 
…知らない間に、妖怪と出会っていたらしい。

前の話へ

次の話へ