セミ

536: N.W ◆0r0atwEaSo 2006/08/14(月) 05:11:50 ID:umXvWhPE0
友人の話。
夜の帳が下りる頃、彼は懐中電灯を片手に、家の裏の林に入って行く。 
木々の根元、夕立で少し緩んだ地面から、セミの幼虫が幾つも顔を出す。 
幹や枝や葉や、それぞれ好みの所に陣取って羽化を始めるが、時々、 
その最中にぽとりと地上へ落ちてしまうドジなヤツがいる。 
それを再び木に戻してやる事を、彼は“セミ拾い”と呼んでいた。

その日、彼が見つけたのは、大きなセミの殻の上に掴まる、やや小さめの 
セミの幼虫だった。 
めったにないが、その大部分は途中で落下する。 
(落ちなきゃいいけど、帰りにもう一回見てみるか) 
そう思って行き過ぎようとした時、彼は下のセミの殻の背中に少し白い 
部分があるのに気が付いた。 
(何だ?脱皮しかけてる奴の上で、脱皮しようとしてるのか?そりゃあ 
迷惑な話だぜ) 
と苦笑しながら、上のセミを退けてやろうと、そこへ伸ばしかけた彼の 
手が途中で止まった。

上に乗った幼虫が、下の羽化しかけているセミを喰っていた。 
  くっちゃ くっちゃ くっちゃ …… 
よく見れば、何処となくセミの幼虫とは様子が違っている。 
それは、一心不乱に喰っていた。 
総毛立ち、冷や汗を流す彼には目もくれない。 
そして、終いには背中の割れ目から頭を突っ込んで、中身をきれいに喰い 
尽くした。 
呆然と立ち尽くす彼の目の前で、それは満足げに前肢で顔をさっ、さっと 
撫でると、ひょいと飛び跳ね、たちまち辺りの闇の中へ消えて行った。

「あんな気味の悪いもの、二度と見たくないね」 
そう言いながら、彼はまだ“セミ拾い”を続けている。

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