満月の夜

682: 雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ 2006/08/20(日) 21:01:06 ID:CbyYU0Gd0
知り合いの話。
地元の山を満月の夜出歩くと、場違いな物に出会すことがあるという。 
暗い山道が開けた場に、時折それは現れる。 
白い月光が冴え冴えと降り注ぐ中、グツグツと音を立てている黒い影。

野菜や赤肉がみっしりと並べられた、ごつい鉄鍋だ。 
淡い月明かりにもかかわらず、なぜか具の一品一品までよく見える。 
地の上に直接置かれているのに、まるで熱い火に掛けられているかのように 
良い感じで煮立っている。

猟師仲間に伝わるそれは「山鍋」と呼ばれているらしい。

「大昔に儂も一回見たことがあるが、いや実に美味そうじゃった。 
 香りといい音といい見目といい、何とも食欲をそそったな。 
 うんにゃ、口にしてはおらんよ。食べたって者の話も聞いたことはないな。 
 儂みたいにビビッて手を着けなかったか、それとも、口にしたら帰ってこれん 
 ようになるのかもしれんの」

猟師をしていたという彼の祖父は、そう言って杯を空にした。

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