囓った痕

683: 雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ 2006/08/20(日) 21:03:42 ID:CbyYU0Gd0

知り合いの話。
彼は現在、山中のレンタル菜園場と契約している。 
土地だけを年単位で借り、そこで好きな作物や草花を育てるシステムだという。 
元は団地になる予定だったらしいが、バブルが弾けたせいで開発が中途半端に 
終わり、結局菜園という場になったものらしい。 
週末になると夫人と連れだってそこに行き、野菜の世話をしているそうだ。

いつの頃からだろう、菜園を荒らす者が現れた。 
大根を引き抜いていると、その内の何本かに囓った痕がある。 
どう見ても人の歯型であるらしい。 
何かの悪戯かとも考えたが、どうにも腑に落ちなかった。

菜園仲間と話す中で、他の人達も被害に遭っていることを知った。 
不思議なことに、被害は大根ばかりに限られている。 
しかし、一番古株のOさんの畑の大根だけは様子が違っていた。 
毎回毎回、地上に出ている青首だけを残して、地中の部分は綺麗に丸ごと 
食われているのだ。

「Oさんは野菜作りが上手いから。 
 大根も大きくて立派だし、味もさぞかし良いんだろう」

誰かがそう言ってから、不気味がっていた仲間内の空気が一変した。 
誰の大根が一番食べられるのか。誰の大根が一番美味いのか。 
そんな奇妙な競争が、現在菜園では、静かに繰り広げられているのだという。 
正体不明の畑荒らしを審査員として。 
それまで大根を作っていなかった者も参入してきており、何とも変な活気が 
出ているそうだ。

「いやいや、儂の農家としての腕前は、まだまだだと思い知ったよ」 
彼はそう笑いながら、どこからか貰ってきた農作業の手引き書を読んでいた。

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