ハミング

919 :雷鳥一号 ◆jgxp0RiZOM @\(^o^)/:2014/06/21(土) 21:34:25.17 ID:YSKIo3D60.net
山仲間の話。 

一人でキャンプ中に鼻歌を歌っていると、誰かが近くの藪中でハミングを始めた。 
自分の歌っている曲を、同じようにくり返している。 
「誰か居るのか?」そう藪に声を掛けると、子供のような声が返ってきた。 
『誰か居るのか?』 
微妙に彼の口調を真似ているのが腹立たしい。 

「誰だよ、こんな山の中で悪戯すんのは!?」 
『誰だよ、こんな山の中で悪戯すんのは!?』 

「おい、姿を見せろよ!」 
『おい、姿を見せろよ!』 

正体不明の悪戯者は、彼とまったく同じ台詞を返してくるばかりで、 
それ以上は何の行動も起こさない。 
ただ、その声に面白そうな響きが感じられて、どうにも頭に来たという。 

そこで彼は、当時流行っていたあるバンドの歌を絶唱し始めた。 
サビが非常に早口で、途切れなくズラズラと流れる難しい歌だったのだが、 
カラオケで鍛えた彼には何の問題もなかった。 

(どうだ、真似できるモンなら真似してみやがれ!) 
そんなことを考えながら、早口部分を何度もくり返す。 
興が乗って、身振り手振りまで交えた大熱唱となった。

流石にもう声も付いてこない。ブツブツと何やら呟いているだけだ。 

(勝った!) 
思わず歌を止めガッツポーズを取る彼の耳に、呟きの内容がはっきりと届いた。 

それは笑い声だった。 
声はブツブツと言っているのではなく、クツクツと笑っていたのだ。 

次の瞬間、『あはは、ばーか』と心底楽しそうな声がして、藪が揺れた。 
揺れが治まった後は、もう誰の声も聞こえてこなかった。 

(……くそっ、俺は勝ったのに、勝った筈なのに……) 
何故かとても悔しかったのだという。 

「まぁ、他に何も悪いことが無くて良かったじゃないか」 
話を聞いた私は取りあえずそう慰めてみたが、彼は納得がいかない様子だった。

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