千人塚

423 名前:漁民 ◆6310Dsp4O2 :03/07/27 09:06
明治生まれだった祖母は、10年ほど前にこの世を去りました。 
その祖母の父親、つまり僕の曽祖父にあたる人の話です。 

彼は一時期、珊瑚漁の船頭をしていたそうです。 
ある時長崎の五島列島のあたりにに漁をしに行ったのですが、 
そこで猛烈な嵐に遭遇しました。 
当時は気象観測も発達しておらず、台風で沈む船が後を絶ちませんでした。 

沖合いで錨を下ろし風雨に耐えていたのですが、 
夜も更けた頃、もう限界だということになりました。 
そこで、船頭が波を見極め、一番大きな波が来た時に錨を切断して 
海岸に乗り上げる作戦を立てたのです。 

「今だっ」 
曽祖父が合図を出した瞬間に錨綱が切られ、船はあっという間に海岸に乗り上げました。 
漁師たちが歓喜したのは言うまでもありません。 
とりあえず嵐が収まるまで待っていようということで、皆はそのまま船で待機していました。 

そうしている間にも、船の残骸や溺れ死んだ人たちの死体が打ち上げられています。 
その時、一人の漁師が叫びました。 
「おい、あそこに生きてる人がいるぞ」 
指差す方を見ると、子供を背負った女の人がこちらに向かって泳いでいます。 
船上の漁師たちは、声を張り上げて「頑張れ、頑張れ」と応援したそうです。 
しかし、その女の人は、岸まであと少しの所までは来るのですが、 
返す波に呑まれてなかなか辿り着けません。 
何度もそれを繰り返したあと、とうとう彼女の姿は見えなくなりました。 

もう少しだったのにと残念がる漁師たちの目に、ある物が飛び込んできました。 
それは、岸に向かって近づいては遠ざかる、大小ふたつの人魂だったそうです。 

後で判ったのですが、打ち上げられた死者は1000人を超えていました。 
今でも、曽祖父が乗り上げた五島列島のある島(名前失念)には、千人塚があるということです。 

あまり怖くはないですが、祖母や父から聞いた話です。

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