わいら

199 :雷鳥一号 ◆jgxp0RiZOM @\(^o^)/:2014/07/02(水) 18:14:43.77 ID:Xrn5vfRy0.net
友人の話。 

学生時代、盆に実家へ帰省した時のことだ。 
そこは鄙びた山里で夏でも涼しく、避暑にはうってつけの場所らしい。 
祖父母の世話になりながら、例年の如くノンビリと過ごしていたある日。 

里の外れに人集りが出来ていた。 
「どうしたんだろう?」と好奇心を引かれ、近くへ寄ってみたという。 
事情を聞くと、里で一番の大木に、何物かが引っ掻いた痕が付いているとのこと。 
指差す所を見ると、確かに大きく抉れた傷が、木の幹に刻まれている。 
どの傷痕も、人の腰高くらいの位置に付いていた。 

「熊でも出たんですか?」恐る恐るそう尋ねてみると、 
「いや、これが爪の痕だとすると、熊よりずっと大きな何かだ」という返事。 
驚いて他の里人たちの顔を見回したが、皆同じ意見のようだ。 

彼の表情を見た近所の小父さんが、安心させるように肩を叩いて教えてくれた。 
「心配するな、ここの里じゃ偶に現れる傷でな。 
 爪の主はこれまで人に目撃されたことも、危害を加えたこともない。 
 人を避ける性質みたいでな、正体は誰にもわからんのよ」 

集まっていた人も恐れている様子はなく「随分と久し振りに出たな」という感じで、 
傷痕を前に四方山話に耽っていたのだそうだ。 

その内に一人がこんなことを宣いだした。 
「前に学校に来ていた、偉い先生がこう言っとったぞ。 
 これは『わいら』っていう動物が付けた傷だろうって」 

一同感心した風になり、 
「流石に街で勉強した人は違うな、よく知っとるわ」 
「わいらか、さぞかし大きな爪を持っとるんだろうなぁ」 
そんなことを口々に述べていた。 

……その先生って、水木しげるの妖怪本に詳しい人だったんじゃないかなぁ…… 
友人はそんなことを考えたが、口に出して言うこともなく、「凄いですねぇ」と 
一緒になって騒いでいた。 

その後も里帰りはしているが、あの傷痕はあれから出ていないという。 
わいらを目にした者もいないのだそうだ。

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