嵐の夜のひみつ

180 :なまえ_____かえす日 :03/06/01 14:27 ID:CRDv2ONI 
「嵐の夜のひみつ」 
・作者は日本人 
・表紙は黒地にぽっかりとハダカ電球が浮かんでいる絵 

 透は山岳部所属。友人3人と山登りに来たが、仲間たちとはぐれ 
てしまう。最悪なことに天気は崩れ、やがて暴風雨となった。透は 
奇跡的に仲間と再会するが、下山は無理なので、途中で見つけた粗 
末な山小屋に避難することにした。 
 山小屋は12畳くらいの広さだ。真正面にトイレのドアがあり、 
入り口のドアの脇に大きなガラス窓がはまっている。部屋の真ん中 
にぶら下がっている大きな裸電球のほか、部屋には何もない。やが 
て夜になったが、嵐はますますひどくなっているようで、とても外 
には出られない。どうやらここで一晩を過ごすしかないようだ。 
 透の服はびしょ濡れだった。小屋はすきま風がひどく、ひゅうひ 
ゅうと冷たい風が流れてくる。夜が完全にふけると恐ろしいほど気 
温が下がった。このまま寝たら風邪をひくだろう。肺炎を誘発した 
り、最悪死んでしまうかもしれない。透はガタガタ震えながら、必 
死で眠るまいと努力する。 
 幸一がある提案をする。部屋の四隅に一人ずつが寝る。一人が右 
隣りの隅へ歩いていき、そこに寝ている者を起こす。起こされた者 
はまた右隣りの者を起こしにいく。そうすると必ず誰かが目を覚ま 
していることになるのだ。 
 電気が消された。だがもともと透はひどく怖がりなので、疲れて 
いるのに眠れない。余計なことを考えているうち誰かに身体を揺ら 
された。左隣の弘明だろう。透は大輔を起こしにいく。それを二度 
ほど繰り返してから、透はある事実に気づいて絶叫する。 

 このローテーションは5人いないと無理だ。部屋の四隅に一人づ 
ついる。一人目が二人目の場所へ移動し、二人目が三人目の場所へ 
移動し、三人目が四人目の場所へ移動する。四人目が一人目の場所 
へ行ったときには、一人目は二人目の場所へずれているから、そこ 
は空白でなければならない筈だ。透は幽霊がいる!幽霊がいる!と 
言って大騒ぎを始める。 
 ところが仲間は落ち着いたものだった。幽霊なんかはいないと相 
手にしようとしない。そのうちに寒さのせいだろう、「トイレに行 
きたい」と幸一が言うと、その言葉で尿意をもよおされたか、三人 
がドアをあけ、互いに譲り合いながら用を足す。透はひとり離れて 
部屋の隅で考えを巡らせる。 
 自分を起こしたのは弘明だったのだろうか?あるいは、彼が起こ 
したのは本当に大輔か?肉の感触はあった。だが幽霊はいなくては 
ならない。そう考えるうち、透は、このうちの誰かが幽霊なのでは 
ないか・・・と思い始める。実はもう死んでいて・・・。透は身を 
震わせる。そういえば自分は仲間とはぐれていたのだ。ばらばらに 
なった四人を探し出したのは大輔だ。だがあの嵐の中、そんなこと 
が起こりうるだろうか?四人が再び合流するなどという可能性は・ 
・・。三人ならまだしも。 
 四人は電球をつけて、車座になって座る。黄色い明かりが四人の 
顔を照らし出す。しばらくの沈黙を破って幸一が口を開く。 
「この中に・・・死んだ人間がいるな?」 

 弘明が大笑いを始める。馬鹿げた話だと一蹴して相手にしようと 
しない。だが幸一は平然として、そう言うのはお前が死人だからだ 
ろう、と言う。弘明が腹を立てる。温厚な大輔がまあまあと二人を 
なだめる。嵐の中、自分が見つけたのは、間違いなく生きている三 
人だったと断言する。透がはっと顔を上げる。三人を見つけたのは 
必ず大輔だった・・・あの状況で?そんなことが普通の人間にでき 
るだろうか。可能だったのは、大輔がもう死んでいるからではないのか・・・? 
 そう考え出すと、誰もが怪しい。冷笑的な弘明は怪しい。変に落 
ち着いている幸一も怪しい。大輔も怪しい。透は言う。何とか幽霊 
であることを――あるいは、ないことを――証明する手段はないも 
のかと。幽霊は手が冷たい筈だ、と大輔が言う。幸一は鼻で笑う。 
全員の手足が冷え切っているさ、と。お互いに触りあったがみな氷 
のように冷たい。顔色を見ようにも、黄色い光の下だし、だいいち 
光がもっと強くても、全員の顔色は決まって青白いだろう。 
 肉の感触は当てにならない。いま握った手は明らかに弾力があっ 
たし、それはさっきゆり起こしたとき、あるいはゆり起こされたと 
きに明白な筈だった。それ以外に証明の方法は?大輔がぼそりと言う。 

「そう言えば、死んだ人間は、鏡に写らないっていうよね?」 
 それを聞いて弘明がけたけた笑う。幸一が彼をにらみつける。 
「たしか、トイレに小さな鏡があったな」と幸一。 
「いいぜ俺は。写るかどうか確かめても」 
 苛立った口調で弘明が言う。 
「だいたい、お前らはみんな怪しいんだ。俺は、俺が生身の人間だ 
ってことを知ってる。俺は幽霊じゃない。確かなのはそれだけだ」 
 幸一が鼻で笑う。「どうだか」 
 二人がつかみあいの喧嘩を始める。仲介に入った透を、弘明が弾き飛ばす。 
「大体な!お前が一番怪しいんだよ!」 
 透はぞっとする。三人の視線が、いっせいに透の身に注がれる。 

「そうだ」幸一が落ち着いた声で言う。 
「一番怪しいのは透だ」 
「何で?」声が震える。「何でそんなことを?」 
「さっきみんながトイレに行った・・・遅れて一人で入ったのはお前だ」 
「それが・・・?」唾を飲み込む。 
「お前は誰とも一緒に入ろうとしなかった。何故だ・・・?トイレには鏡があるからだ。 
お前は、お前の姿が鏡に写らないことを、他の誰にも知られたくなかったんだ」 

「そんな馬鹿な!」透は笑おうとしたが、うまくいかなかった。 
「じゃあ何で、一緒に行かなかった?」 
「・・・狭いし、考えごとを・・・」 
「怖くなかったのか?俺だって怖かったのに」と弘明。 
「そうだ・・・人一倍怖がりの君がね」と大輔。 

 三人の目が、透に注がれていた。嘘だ、と透は思った。自分は生きてる・・・ 
それは自分が知っている。・・・だが本当か・・・?本当に自分は生きているのだろうか・・・? 

 仲間とはぐれたときのことを考えた。大輔が見つけてくれるまで 
自分は何をしていたのか?覚えがない。自分は死ぬのだ、と絶望に 
かられなかったか?その時、本当に死んでいたのではないか?自分 
では気づかないだけで・・・崖から落ちるか、あるいは雷に打たれ 
て、死んでいるのではないか?この手の冷たさは、気温のせいか? 
ずっと肌寒いのは何故だ?お前は自分が生きていると、本当に言い切れるのか・・・? 

 どーんと雷がなり、後ろの窓ガラスがびりびりと震えた。三人の 
凍るような視線に耐えられず、透は振り返った。電球の明かりを反 
射して、窓ガラスは部屋全体を写し出していた。鏡のように。そし 
て透は絶叫した。三人の目線の意味に気づいたから。凍るような視線・・・ 

 ガラスに写っていたのは、透だけだった。 

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